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 東京タワーの展望台の屋根に腰かけて、ハンペータは周囲を見渡した。大小さまざまなビルが明かりをまとってきらめいていた。いくつか見える暗がりは公園だろうか

 ルフィルにとってもこの世界は三度目だが。初めて見る光の海に目を奪われて声も出ない。

 ヴァンフェスでも、近所の滝の上流あたりから見える人の町は夜になればそれなりの景色だ。しかし、これは桁違いといってよかった。

『これらの光の一つ一つに人がいるのだとすれば、人の数は途方もないな。蟻のようだ』

「光の数と人の数は必ずしも一致しないよ。人のいない場所を照らしている光もあるからね。けど、一個の明かりがたくさんの人を照らしていたり、ここから見えない地下にいる人もたくさんいるし、どちらが多いかといえば人の数の方が多いだろうね」

 この世界は、ハンペータを拒否した世界だ。今更人間の営みに加わろうとは思わない。だからこそ、実に馴染んだ上野公園を出て空を渡り、この鉄塔までやってきた。東京を一望しようと思うなら格好の場所だ。

「まぁ、人のことなんてどうでも良いじゃない。それより、キレイだよね、この景色」

『うむ。空に星がない代わりに、地上で星が瞬いているというわけだな』

 見上げれば、確かに星は見当たらず。そうだね、と頷いて苦笑するしかなかった。

「こうして見下ろせば、支配者になった気分?」

 突然別の人の声がして、驚いて振り返った。ルフィルも気付かなかったようで、瞬間飛び起きて臨戦態勢で身構える。

 そこにいたのは、中国風の襟のシャツを着た大学生風の男だった。ただし、この鉄塔の展望台の屋根の上というとんでもない場所に立っていること自体が普通ではない。

 彼の少し後ろで、同じような服装をした同じような年恰好の真面目そうな男が、猛獣であるルフィルに警戒しているようだった。声をかけてきた彼の方は、特に気にした様子もない。

「その豹は君の相棒なのかな?」

 この生き物が豹であると認識していながら気軽に話しかける彼に、どうにも毒気を抜かれてしまう。敵意を感じさせない彼の言動に、ハンペータは肩の力を少し抜いて、代わりに普段どおり抗議の声を返した。

「彼は人の言語を理解します。名はルフィル。ボクのパートナーです」

「おや、これは失礼。俺はシン。こう見えても一応鳥なんでね。肉食の生き物には本能的に警戒してしまうんだ」

 とてもそうは思えない相手が告げる衝撃の告白に、大抵のことでは動じなくなったハンペータもさすがに驚いて固まった。しばらくして、冗談だと理解するに至る。いや、冗談として処理するべきだろう、今の発言は。

 けれど、その思考工程を想像していたのか、シンはなぜか怪しい笑みを浮かべる。

「ちなみに、冗談は言っていないよ」

 ルフィルとは反対の隣に腰を下ろしながらの台詞に、ハンペータはやはり理解できないといった表情を返した。シンの連れは、そんな彼らから数歩離れた位置にかしこまり、警戒した様子でこちらを見守っていた。まるで専属の護衛官のように。

「君も、この招待状を受け取った人なのかな?」

「……貴方もですか?」

 確かにこんな一般人が出入りできない場所に現れる時点で、何かしらの特殊な人間であることは否めないが、それにしてもどう見ても一般市民だ。不思議そうなハンペータに、シンは苦笑して見せた。

「きっとあれだね、あの不思議な招待の仕方といい、何か神がかった何者かの意思が働いているのだろうと思ったけれど、君と俺との共通点を考えるとたぶん、ファンタジー世界に放り出された人間、ってのが妥当だろうね」

「……え?」

「だって、その豹と……いや、失礼、そんなに威嚇しないでくれ。ルフィルといったね、彼と話をしているんだろう? 普通の人間がこんな人の足が踏み入れられない場所で猛獣と会話をするなんて、常識では考えられない話だ。だったら、俺と同じさ」

「同じ……。あなたは普通の人間に見えますが」

「鳥だよ。こうして両腕を翼に変えて羽毛に身体を覆ったくらいの大きさの、この世界で言うなら怪鳥の部類に入る。ここにいるパートナーを背に乗せて空を舞うのが日課でね」

 自分自身を表現しているとは思えない客観的な物言いに、ハンペータはやはり不思議そうに首を傾げたが。ここまで自己主張されると安易な否定もできなかった。自分自身、動物と会話ができる魔法使いだなどと自称したところで、この世界では精神病院行き決定の妄想発言としか取られない。

「その顔は信じていないね。だったら、空中遊泳でもしようか。こんなところにいられるなら、空を飛ぶ術があるんだろう? 俺もこの世界を離れて一年しか経っていないけれど、随分新しい建物も増えてるし、東京を空中散策するのはちょっと楽しみなんだ。良かったら付き合ってくれるかい?」

 おそらく年上なのだろうシンに誘われて、ハンペータが断るとは思わなかったのか、ルフィルが先に腰を上げた。四足で立ち上がり、まだ座ったままのハンペータに甘えるように擦り寄る。

 せっかくの誘いだ。どうせここに座っていても暇なのだし、滅多にない出会いの機会をふいにするのももったいない。

「良いですよ。こちらにあまり近づくと変則気流に巻き込まれるので注意してください。風の精霊の力を借りているので、普通の風の流れと違うんです」

「了解」

 あっさり頷いて立ち上がったシンが、少し離れた。ハンペータとルフィル、それに彼の護衛の見守る中で、シンはバサバサと軽く腕をバサつかせてあっさり姿を変え、供が乗りやすいように背を伏せた。

 棒のような細い鳥足にすっきりした肉付きの良い腿、身体の大きさに合わせて翼も普通の腕の倍以上に大きく、翼を操る胸筋の力強さは芸術的だ。鷺のような細い首につぶらな瞳が印象的な顔、長いくちばし。虹色に輝くその翼は神々しさを感じさせる。

 おそらく、某出版社のシンボルマークを彩色して3Gにでもしてみたらこんな感じだろう、という神の鳥そのものだった。

 ハンペータが追ってくるのを確信しているように大空に羽ばたいた彼を見送って、ハンペータはさらに呆然とした表情になったが。

「ホントに鳥なんだ」

『美味そうだな』

「食べないでよ?」

『俺の口にも収まりきらないよ、あの大きさは』

 軽口を叩いて恋人を現実に引き寄せ、追いかけようというように擦り寄る。その背にいつものようにまたがって、ハンペータは風の精霊を操り二人を宙に浮かせた。





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