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 約束の夜七時。

 寝室のベッドで待ちくたびれて転寝をしていたはずのユウは、突然変わった布団の感触に驚いて目を覚ました。

 見回せば、薄暗く照明を落とされたその部屋は普段住まっている部屋よりもだいぶ狭くはなるものの、高価そうだが落ち着いた調度品やらシックなクリーム色の壁紙やら落ち着いた装飾の施された建具やらが、あからさまに高級ホテルのスイートルームを思わせる。

 むくっと起き上がって、ひとまず重いカーテンを少し開けて外を覗く。

 それは、光の洪水だった。ユウが知っているその頃よりもさらに光の数は増えて、けれど目に眩しいほどの明かりではなく一つ一つがそれぞれの役目を果たすだけの光量に抑えられていた。

 少し離れたところに見えるのは、一目で東京だと認識するに足るシンボル、赤い鉄塔の東京タワーだ。

 しかし、少し拍子抜けだ。せっかく甥っ子のデートの邪魔をしてやろうと思っていたのに、放り出された先がホテルの中では何もできない。

 そもそも宿泊費は考えなくていいのだろうか、と首を傾げ、何か伝言を求めて室内でもっとも大きな両開きの扉を開けた。

 想像通り、そこはリビングルームだった。ソファセットに猫足のローテーブル、大きなテレビとオーディオ機器、片隅にはパソコンも置かれていてビジネスにも支障がない。パソコンと反対側の壁には小さなバーカウンターが設置され、酒類の種類も豊富だ。

 けれど、それらの設備を確認しに行く余裕はユウにはない。何しろ、ソファの一つに腰かけているその人が、あまりにも想像以上のサプライズだったのだから。

「久しぶりだ、ユウ。元気そうで何より」

「……リエ?」

 それは、甥っ子が王国に召還されるに至った根本原因である、死んだはずの前国王の姿だった。亡くなったそのときの姿のまま四十代後半か五十代前半かの容姿で、ゆったりとそこに腰を下ろしている。その手には伝言らしい紙切れが一枚。

「えぇと……夢?」

「一夜限りの里帰りは、私にも有効だったようだ。一番愛しい相手にこうして再び見えることができた。感謝せねばな」

 どこにも不自由はないようでソファから立ち上がったリエシェンは、呆然と立ちすくむユウのそばまでやってきて、そっとその華奢な肩を抱き寄せた。

 武道を嗜むくせに生まれつきなのか小さく華奢な身体つきのユウは、リエシェンの腕の中にすっぽりと納まる理想的な体格差だ。縋る視線で見上げる彼にリエシェンは苦笑をして返し、その額に優しく一つキスを落とす。

「いつでもお前のそばで見守っている。そなたが楽しそうに笑っている顔が何より好ましいのだ。ゆえに、思う存分人生を楽しんで、満足したら追って来れば良い。死者ゆえに時に縛られぬ。いつまででも待っているよ」

「……退屈じゃない?」

「退屈なものか。死してより常にそなたのそばにあるが、生前よりも楽しいくらいだ。そなたと心を通わせることこそできぬが、同じ景色をこの目にし、同じ音をこの耳に聞き、同じ物をこの手に触れている。そなたが興味をそそられるものに関心を向け、そなたが感動するものを同じように味わっている。王者であればできなかった経験をしている。そなたが退屈せぬのならば我もまた退屈とは無縁だ」

 生前よりも余程饒舌に掻き口説くリエシェンに驚いて、けれど同時に嬉しくも思う。

 こんなにも近い位置に彼を感じたことはなかった。所詮ユウは数多くあった後宮の妾妃の一人。人並みに独占欲はあってもそれを主張できる立場ではなかった。それが、その存在を死によって奪われた今、普段目に見えない彼は常に自分のそばにいてくれるのだというのだ。

 例えご都合主義の夢の中での言葉だとしても。本当の言葉だと信じたい嬉しい言葉だった。

 もちろん、生きてそばにいてくれることが何よりも嬉しいのだけれど。

「せっかくの夢だ。今宵はそなたにずっと触れていたい。別れの時が訪れるその瞬間まで、手放しはせぬ」

「リエ……」

 生前はすべての妾妃を平等に扱わなければならないという責任感からそんなに熱心な口説き方をしなかったリエシェンに、ユウも彼を追い詰めないようにと理解あるそぶりを徹底していたのだが。その恋心ゆえに王国を破滅の危機にまで追いやったことのあるユウだ。愛しい人に口説かれて、嬉しくないはずがない。

 感動で喉を詰まらせて、その代わりに嬉しさをその腰に抱きつく両腕にこめる。きつく抱きついてくる最愛の妾妃にリエシェンは表情を綻ばせ、慈しむようなキスをその額にそっと落とした。





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