一夜限りの里帰り 1




 いつものように自分の部屋のリビングにつながったテラスに椅子を出して腰かけて、丸く切り抜いたガラスを磨いている時だった。ちなみにこれは二つ目だ。

 空から手紙が降ってきた。製紙工場で生産された真っ白なパルプ紙は、その技術力の高さゆえにこの世界で作られたものではないことが一目瞭然で目を見張った。

 その手紙は風に揺られてひらひらと舞いながらも正確にシンの手元に落ちた。何者かの意思が働いているようだ。

 しっかり糊付けされた封筒に古風な封蝋、表書きには教科書に出てきそうな見事な楷書で『高杉晋作様』とだけ書かれてある。

 少なくとも自分宛であることは間違いなさそうだと見て取って、シンはそれを表裏と何度もひっくり返しながら手で弄びつつ部屋へ戻り、書棚の筆記具を収納した引き出しを引いた。中からペーパーナイフを取り出し、折り目の一辺を切る。

 中に入っていたのは二つ折りの厚紙が一枚。まるで結婚式の招待状ようなエンボス加工の飾り模様で縁取られているその紙に、書かれていたのはたったこれだけ。

『一夜限りの里帰りをご案内いたします。お一人様の同伴を認めます。夜七時、寝室にてお待ちください』

「……はぁ?」

 そもそも、この世界に呼ばれた目的と意味を知った時点で元の世界をとうに諦めたシンである。その相手に対して、まったく今更な案内だ。しかも、一夜限りとの注釈が心憎い。何もできないではないか。

 聞き返そうにも相手がいない代わりに、シンの素っ頓狂な声に驚いてリャンチィが近づいてきていた。

「どうなさいました?」

「……つまり、ちょっと旅行に行くつもりで、ってことかなぁ?」

「は?」

 今度はリャンチィ自身が素っ頓狂な声を上げる番だった。




 同じ頃。

「同伴って言ってもなぁ……」

 シンが住む部屋の同じ階にある別の一室で、同じように招待状を眺めて呟く中年男性が一人。護衛官はいつものように扉のすぐ外で任務についていて、室内で呟く主人にはまったく気付いていないようだ。

 室内でお茶の支度をしている五代目の専属侍従だけが、不思議そうにその主人を見つめていた。

「連れて行きたい人はとっくにあの世だしさぁ。俺が受け取ってるくらいだから甥っ子だってもらってるだろうからこれもなしだろぉ? 誰連れてけってのさ」

 ぶつぶつと文句を垂れてしばらくして、彼はまぁいいやと招待状を机の上に投げ出した。連れて行きたい人がいないのなら、一人で行けばいいのだ。甥っ子から話に聞いていたずいぶん変わったという世の中を眺めて一晩過ごすのもまた一興だし、そもそもその甥っ子のお邪魔虫になるのも楽しそうだ。

「ふっふっふっ。デートできると思うなよ、シン」

 その表情は、随分とたちが悪かった。




 所変わって、深い森の中。自作の木刀を手に心身鍛錬中だったハンペータは、目の前に降ってきた自分宛らしい封筒に木刀を構えたまま手を止め、それを受け取った。降ってきた元と思われる空を見上げても、鳥らしい姿はない。

 それ以前に随分と手触りの良い紙質で、この世界では失われた技術を駆使しないと製造できない類の代物に目を奪われる。反対に、失われた技術ならばプラスチックケースに近いはずで、このようなパルプ紙ならばとうに色褪せているはずだ。つまり、この世界には存在し得ないものだった。

 ひとまず太陽にすかしてみて異物がないらしいことを確認し、風の魔法を使って中身を傷つけないように封筒の端を切り落とした。中から出てきた立派な招待状に、さらに首を傾げる。

 封筒の表書きを見れば『木村半平太様』となっていて、何とも懐かしい気持ちにさせられる。内容は元の世界への招待状。

「戻ろうと思えば自分で自由に行き来できるんだけどなぁ」

 この世界にやってきてすでに五年の月日が経過していた。十八歳になるのを待って成長を止めた身体は、人間としてちょうど成長のピークに当たる活動的な年齢を保っている。

 剣の鍛錬中はそばを離れている恋人が、ハンペータが手を休めているのに気付いて近づいてきた。そちらを振り返れば、随分と伸びた髪が背中でさらりと揺れる。

『どうかしたか?』

「ん〜。元の世界への招待状、一晩ご招待、だって。一緒に行く?」

『……お前が行くのなら付いて行くが。招待とは、誰からだ?』

「さぁ?」

 何とも心もとない返事をして首を傾げるハンペータに、そんな中途半端な戸惑いの表情は実に久しぶりでルフィルもまた首を傾げた。




 招待状を受け取った手はもう一つ。

 確かに黄色人種の黄みがかった細く白い指に桜貝の爪を持つその手の主は、天使の艶リングがキラリと光る緑色のレースのリボンで結われた漆黒の髪を、同じ色の翼の間でさらりと揺らして首を傾げていた。





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