新年会
ヤクザの世界は、上下関係が厳しい。
関東双勇会も、もちろんそうだった。
東京区内のとあるJR駅から徒歩十分の場所に立つホテルの、二階ホール。入り口には『関東双勇会新年会会場』と書かれた看板が一つ立っていた。
あたりは物々しい雰囲気に包まれていた。駐車場には高級車がずらりと並び、黒服に身を包んだ屈強な男たちが雁首を揃える。
新年一日。本来であれば双勇会本家の屋敷に集まるべきなのだろうが、年々成長を続ける双勇会はそれだけ傘下の組織代表者の数も増え、屋敷だけでは手狭になってきていたのだ。そのため、思い切って直営のホテルを一棟貸し切って、新年会を開催することになった。
場所が広くなったおかげもあり、今までは組長のみの面会となっていた形式も取りやめ、舎弟頭までの役職つきの人間を広く招待することになった。ついでに、他系列でも友好関係を結ぶ相手ならば許容範囲内である。
そんなわけで、東京区内に位置するものの下町の弱小組織である住吉組の若頭、住吉孝虎は、正式な招待を受け、妻である春賀を連れて列席していた。代々住吉組の姐に伝わる墨梅の着物を身につけた春賀は、商売柄女装に慣れているせいもあってか、どこから見ても女そのものだった。
「相変わらず、美人だよな、春賀は」
「しつこいよ、孝虎。惚気るなら独り言じゃなくて誰かに自慢すれば?」
「もちろん、そうするさ。今日は久しぶりに姫にも会えるしな」
入り口脇に二人寄り添って立つ姿は美男美女のおしどり夫婦のようで、そこを出入りする客の目を否応なく引いていた。
出入りする客に混じって、まだまだ五十代ほどだろう紋付の男性が入ってきて、二人にまっすぐ近づいてくる。
「待たせたか、孝虎」
「遅いよ、親父。トイレ長すぎ」
「うるさい。混んでたんだ、仕方がないだろう」
まったく堅苦しいところもなく、堂々と胸を張って口答えをする男は、孝虎に良く似た人物だった。もちろん、孝虎の父親である。
さぁ、行こう、と促して先に立って歩くのに、息子と嫁はやれやれと肩をすくめて追いかけた。
関東双勇会総長は、まだまだ歳若い。先代の孫だそうで、父親や並み居る実力者を抑えて総長に座っただけのことはあり、かなりの実力者だ。
その人の前に進み出て、三人は揃って頭を下げた。
「総長。あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
「あぁ、おめでとう。そちらは、嫁さんかい?」
「はい。昨年より共に暮らしております。ご挨拶が遅れまして失礼をいたしました」
「いや、かまわねぇさ」
共に暮らしている、という挨拶は、つまりまだ入籍はしていないということでもある。なるほど、と頷く総長に、改めて春賀は深く頭を下げた。
「今日は無礼講だ。楽しんでいってくれ。孝虎、七瀬と美岐坊が探していたぞ。その辺で食ってるだろうから、後で声かけてやってくれ」
「はい」
では失礼します、という組長の言葉が合図だった。総長の許しを得、そこを離れる。
総長への挨拶が済んでしまえば、後は仕事がない。住吉の組長は立ち止まって息子を見やり、にっと笑った。
「目ぼしいところに挨拶を済ませたら俺は帰る。後は適当にやっておけ」
「承知しました」
つまり、顔つなぎは息子に任せると、そういう意味らしい。あっさり頷いた息子に満足そうに、組長はそこを離れていく。
見送って、孝虎は春賀を抱き寄せた。
「会わせたい人が二人いるんだ」
「総長さんが言ってた二人?」
「そ。七瀬姫と美岐坊」
「呼んだ?」
察しのいい春賀が確かめるのに、孝虎が満足そうに頷くと、直後、二人の背後から声がかかった。
背後と言っても、孝虎より頭一つ分ほど低い位置だ。
振り返れば、可愛い系の青年が二人、並んでいた。にこにこと笑った顔は、とてもヤクザには見えない。春賀は美人タイプだが、こちらの二人は美人というよりは可愛い方だろう。しかも、妙に色っぽい。
振り返って、孝虎も嬉しそうに笑って見せた。
「久しぶり、七瀬。美岐も一緒だったのか」
「久しぶり。相変わらずいい男だね、孝虎」
「はは。旦那には負けるだろ。晃歳さんは?」
「挨拶回りに行ってる。そろそろ戻ってくるよ」
飲み物を取りに行こうと思って、と言いながら七瀬が空のグラスを見せるので、孝虎も頷いた。春賀の手を引く孝虎に、美岐が目を三角にして笑う。
「三年越しの片想いが実ったっていう彼氏?」
「美岐こそ。聞いたぞ、親子くらい離れてるんだって?」
「そーなんだよ。自分でびっくりした」
えへへっ、と笑って、結局自分の惚気話になるらしい。春賀は、二人に対する孝虎の態度にただただびっくりするだけだ。
「あぁ、そうそう。紹介しなくちゃな。こっちが、七瀬。川崎の大倉組組長だ。それと、美岐。もう解散したが、湘南の竜水会元若頭。今は?」
「黒狼会系若松組舎弟頭のイロ。いちおう構成員としてはもらってるけど、今はただの学生だよ」
黒狼会といえば、この双勇会とは別組織であり、火種は今のところないものの、敵対勢力に変わりはない。その傘下の一組織の構成員の一人が、こんな所にいるのは、なんとも不思議だ。本人は、昔なじみに会いに来たつもりらしい。
「そうそう、法学部なんだよな。学校どこだっけ?」
「日大っ。もう、何度も言ってるじゃん。彼氏と同じ学部ってしか覚えてないんでしょ。薄情者」
「わりぃわりぃ。去年受験したんだろ? どうだった?」
「任せて。一発で通った。今年司法修習」
えっへん、と胸を張る美岐に、春賀はくすっと笑った。上品な笑い方は着物を着ていたせいだろうが、美岐が、あ、笑った、と嬉しそうに笑う。
「一つ下なんだね」
「そう。きっと、話も合うよ」
実年齢も孝虎より一つ下の美岐は、どう見ても外見年齢は五歳ほど離れている。美岐は子供っぽいし、孝虎はオヤジっぽいのだろう。ちなみに、七瀬も孝虎と同い年で、三人揃ってかなり幼い頃からの仲だったりする。
「それにしても、七瀬がまさか人のモノになるとはなぁ」
「とはなぁ、って失礼な」
「え〜。だって、七瀬だよぉ? 誰か一人に落ち着くなんて思わなかったよ、俺も」
「美岐までそういうことを言う。俺って、どんなイメージさ」
「ん〜? 女王様?」
「ははっ。そうそう、女王様」
こう、ボンテージルックで、皮の鞭振り回して、男たちを傅かせて、高笑いしてそうな、と孝虎と美岐は二人息もぴったりに言い合う。孝虎に手を引かれている春賀は、挙げられていく言葉と七瀬の見た目とのギャップにただ驚くだけだ。二人にいいように言われている七瀬は、がっくり肩を落としてため息をついた。
「お前らなぁ」
まったく遠慮のない態度に、それだけ仲が良いのだろうとは察せられる。事実、歳も近く組長の孫子の立場で境遇が似ているので、同じようなことで悩みそれぞれに相談しあってそれぞれが別々に結論を出した、いわば同志のようなものなのだ。
そうこうふざけているうちに、バーカウンターに辿り着いた四人は、それぞれに別々の注文を出した。美岐、七瀬、孝虎の順に。
「カルーアミルク」
「モスコミュール」
「杏露酒ロックと焼酎ウーロン割り」
「すげ〜。全員バラバラ」
七瀬の背後から、第三者の感想が追い討ちをかける。振り返り、七瀬はぱっと花が咲いたように笑った。
「晃歳。挨拶回り済んだの?」
「あぁ、一通り。俺は、ウイスキーを水割りで頼むよ」
元々、どこかの系列店でバーテンダーをしているのだろう。慣れた手つきでそれぞれの注文に答え、五つのグラスをそれぞれに差し出してくれる。それを受け取り、バーカウンターから少し離れた。
「じゃ、今後ますますの友好を祝して」
「今年も宜しく」
「かんぱーい」
五つのそれぞれ別々の中身が入ったグラスを掲げ、声を揃える。会場内でも数少ない若い一団に、周りの大人たちが驚いて注目を浴びていた。
補足:孝臣さんは黒狼会の新年会に行きました。
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