酒盛り
ちょうど線路を跨ぐように南から北へ筒抜けのその場所は、冬の寒いこの時期、北風が吹き抜けていく。
三口しかない小さな改札口を眺めるように、親子ほどに年の離れた男が二人、立っていた。
JR平塚駅は改札口が二つあり、こちらは小さい方の改札で便も悪いため、利用者はそう多くはないのだが、それでも少なからずいる人々からは、自然と避けられている二人だ。
なにしろ、若い青年はそうでもないが、年長の男は人相が悪い。それも、不機嫌に腕を組んで壁に寄りかかり、憮然とした表情を隠しもしないのだ。目を閉じているだけマシだが、これでどこか一点を見つめていたりしたら、一般人ならビビッて逃げ出してしまうだろう。
そんな男の様子に、連れの青年はくっくっと楽しげに笑っているのだが。
「何がおかしい」
「だって、奥さん同伴で来てくれる人相手に嫉妬してるんだもん。これが笑わずにいられますか」
付き合い始めてすでに三年。対等な恋人同士の二人の会話に遠慮はない。
笑われたその理由に否定も出来ず、孝臣はふんっとそっぽを向いた。その仕草に、美岐がさらに笑っている。
やがて、電車が到着したらしく、ホームから人がぞろぞろと上ってきた。足早の一団が、二人を避けるように左右に散っていき、人の波が途絶える。
どうやら人ごみを避けたらしく、人影のなくなった改札の向こうに、二人連れが姿を現した。向こうでもこちらを見つけたようで、軽く手を振ってくる。
「へぇ。色男だな」
「奥さんも美人だよね」
「……ありゃ、男だろう?」
「うん。男の人」
だいぶ伸びた髪をまとめて頭の後ろで留め、無地のTシャツに厚手のジャケットを羽織り、ジーンズを穿いている。衣服を見れば男性だが、頭だけ後からみたら女性にしか見えないだろう。なかなか中途半端だが、不思議と似合っている格好だ。
その彼の隣を歩く威風堂々たる体格の青年は、ノーネクタイのスーツにコートのいでたちだ。
自動改札を通り抜けてこちらにやってきた二人に、美岐は一歩前に進み出て恭しく一礼した。
「ようこそ平塚へ」
「美岐。妙に似合うからやめた方が良いぞ」
「うわ、孝虎ってば正直者」
恭しい態度から一変、笑って彼の背中をバシンと叩く美岐に、隣で春賀が楽しそうに笑った。
ひょんなことから顔見知りになった美岐とは、新人弁護士という同じ立場で縁があり、二人でちょくちょく顔を合わせる仲だったりする。一年先輩の春賀は、夜間の仕事と二足の草鞋状態なのが災いして、美岐と同レベルなのだ。
今日も別に何かの予定があったわけではなく、丁度四人揃って休みが取れたため、お互いの恋人も交えて飲み明かそう、というきわめて簡単な理由から、平塚まで電車に揺られて一時間半かけて来たところだった。
「結城さんですよね? はじめまして。美岐くんにはいつもお世話になっています。橘春賀です」
全員がヤクザ関係の職種にありながら、唯一まともにそんな外見の孝臣に、春賀は物怖じすることなく頭を下げた。一番カタギに近い彼だが、ヤクザ者に対する度胸には恐れ入るの一言だ。
どうも、と会釈を返し、孝臣は咥えていた煙草を携帯灰皿に押し付けた。無言で顎をしゃくる彼に気付いていて、美岐もただ頷く。
「お鍋の材料買ってあるんだ。鶏鍋だけど良い?」
「おう、悪いな。これ、土産」
「ん〜? わ、泡盛じゃん。しかも古酒。孝臣が好きなんだよねぇ〜。どうしたの?これ」
「店の貰い物なんだよ。丁度良いから持ってきた」
歩き出した美岐にしたがって南に向かう。目的地は、孝臣と美岐の愛の巣。歩いて8分の道のりを、美岐は招待した二人と楽しくおしゃべりしながら歩く。
今夜は徹夜か?と、先頭を歩く一人年寄りの孝臣は小さなため息をついた。
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