喧嘩上等!

 文也と二人、実家に戻ってきた日のことだった。

 駅前なんてのはどこも同じで、歩いて十分もすると、住宅街だったり工場外だったりに景色が変わり、繁華街なんていくらも無い。

 その歩いて十分ほどの公園に差し掛かったところで、俺たちは物騒な物音を聞いた。

 高校二年生の秋、十一月。この公園を抜けた先の住宅街に、美味いと評判の洋菓子屋があって、そこに実家に持っていく土産を買いに来たんだ。だから、電車は途中下車。

 初めて来た街の初めて入った公園で、何でこんな場面に出くわすんだか。ちょっとため息が漏れる。

 それは、俺にとっては珍しくも何とも無い、恐喝現場だった。

 文也と顔を見合わせ、別に示し合わせたわけでは無いけれど、同時にため息をつく。

「しょうがないね」

「ケーキ持ってなくて良かったな」

 行き先変更。その騒ぎの現場に、足を向けた。

 それは、どう見ても本職のヤのつく職業の四人と、ありきたりのビジネスマン二人。ビジネスマンの方は、片方はデブで片方は痩せっぽちで、今にも抱き合いそうなほど身を寄せて震えていた。

「おうおう。何とか言いやがれ。あぁ?」

 恐喝している方は、一人はピシッとしたスーツの兄ちゃんで、周りをヤクザくらいしか着ないだろう着崩した派手スーツの三人が守っている形だった。で、中央のチンピラ並みの奴が、何が気に入らないのかいちゃもんをつけて、金をせびっているらしい。

 さて、これは下手に手を出すと後に響くぞ。

 そう思って、俺はさすがに躊躇する。

 と、別の方から凛とした声がかかった。

「弱いものイジメは良くないよ、兄さんたち」

 突然の第三者の登場に、双方が揃ってそちらを振り返る。で、姿勢が変わったおかげで向こうが見えるようになった、その隙間から、腰に両手を当てて仁王立ちする若い優男の姿を発見した。

 そりゃ、文也だってこのちびったい外見であり得ない凶暴性を持ってるけど。いくらなんでも無謀だろう。

「あれ? 林野さんとこの人たちじゃないね。他人のシマで恐喝は良くないと思うよ?」

「てめぇ、林野の関係者か」

 今まで黙っていた一段上位の立場らしい男が、初めて反応した。けど、俺はその言葉に首を傾げた。関係者なら、「○○さんとこの」とは言わないだろう?

「飛んで火にいる夏の虫、たぁこのことだ。構ぁねぇ。野郎ども、やっちまえ」

 野郎ども、と声がかかって、四方八方から人がわらわら集まってくる。どいつもこいつもいかにもチンピラな格好で、一斉に優男に殴りかかっていった。

 っていうか、さすがにそれは多勢に無勢。卑怯だ。

「助けよう」

「おう」

 文也に言われるまでも無い。俺たちは、その乱闘の中に突入していった。

 チンピラの数は、ざっと見積もって三十はいるだろう。単純に割って一人頭十人。

 突入していったはいいが、その優男、俺たちが手を出すまでも無いほど強かった。まるで空中で踊っているかのように、蹴り飛ばし蹴倒し、足一本で巨漢を伸していく。文也もその小柄な身体が嘘のように、一撃か二撃で相手を伸してしまうから、俺の出る出番が無い。

 一人倒したところで俺は乱闘から抜け出し、いつの間にかヤクザの目を逃れていた二人のビジネスマンに、逃げるよう促した。こっちをうまく逃がすのが、たぶん俺の役目だ。

 二人が安全な距離まで逃げ切ったのを見届けて振り返ると、もう数えるのもうんざりするほどの男たちで埋まった地面の上で、パンパンと手を払う二人の優男の姿があった。

 突然加勢した俺たちに、彼は気付いていたらしく、深く頭を下げてくる。

「さすがにあの人数は手に余ったので助かりました。ありがとう」

 あの喧嘩っぷりじゃ、俺たちの加勢がなくてもあっさり勝った気もするが、彼はにこりと笑って深く頭を下げた。

「いえいえ、お邪魔でなかったですか?」

 この人が桁外れに強いことは、文也も当然気付いたんだろう。足元に伸びている男どもは無視して、文也はにこりと笑った。文也の足に伸びてきたゾンビのような手を、げしっと踏みつけるところは、文也も大概容赦が無い。

「私、土方宏紀といいます。差し支えなければ、お名前をお聞きしても?」

「佐藤文也です。こっちは、斉藤優。普段は山梨の山奥で高校生してるんですけど、たまたま出てきたらこんな場面に出くわしまして」

「それは、私には運が良かった。あなた方にはとんだ災難でしたね」

「いえ、全然。久しぶりに大暴れして、すっきりしました」

 ね、優、と言われて、俺は苦笑するしかなかった。この二人の前じゃ、俺なんて手も足も出ない。一人打ちのめすので手一杯だったんだから。

「では、ご縁がありましたら、また」

「失礼します」

 ぺこぺこと双方で頭を下げあって、別々の方向へ。俺たちは、当初の目的どおり、洋菓子屋に向かってまた歩き出した。




 高校の寮に戻って、偶然出会ったその優男の話をしたら、食いついてきたのは加藤だった。

「土方宏紀っていったら、今話題の新進気鋭時代小説作家だよ。そういえば、喧嘩に強いのが取り柄だって話、聞いたことある。俺も尊敬する先輩なんだよねぇ。どうだった? やっぱ、強い?」

「強いよ。僕、敵わないかも。優なんか、手も足も出てなかったもんね?」

「悔しいが、ありゃ、完敗だな。勝てる気がしねぇ」

 喧嘩には自信があったけれど。文也に出会って、上には上がいると実感し、彼に出会って完全に打ちのめされた。それだけの相手。

 でも、なんか、わくわくするんだ。強い男を見ると、憧れる。俺もそうなりたいと思う。

 また会いたいな。

 そう思って、文也を見れば。

「また、会いたいね」

 そう、返された。





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