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 課長補佐就任から約1ヶ月も経てば、人間関係も慣れてきて、愚痴も減っていく。

 明らかに愚痴が褒め言葉に変わったのが、新人二年目の吉野の評価だった。それが、黙ってみている貢には心配だったりする。自分を差し置いて高宏にベタベタする新人が、なんだか憎たらしい。

 そんな中、ゴールデンウィークを目前にして、貢の出張が決まった。突然明日から、長引けば1ヶ月だという。

 個人的なことを言えば、こんな時期に勘弁して欲しい。ゴールデンウィークは恋人と過ごしたかったのに、まず無理だし、そもそもその恋人が今危険だというのに、そばにいてやれないとは。歯がゆいではないか。

 そうはいっても、仕事には生真面目な貢のこと、仕方なく出張先に出向いていくわけだ。

 それから3週間。

 貢は高宏に連絡を入れずに、たくさんのお土産を手に提げて、愛の巣へ帰ってきた。

 なんだか気疲れのする3週間で、高宏に早く会いたくて、驚く顔が見たくて、意図して連絡はしなかった。今までも家に行きずりの相手を引っ張り込んだことはなかったから、鉢合わせることなど予想もしなかった。

 ところが。

 重い荷物を抱えて、自分で鍵を開けて玄関を開けた貢の耳に、聞こえてきたのはとんでもない声だった。それも、自分はいつも耳元で聞きなれていた、あの声。

『あっ、やんっ。あ、ああっ』

 どさどさ、と足元で大きな音がする。が、そんなものは気にもならなかった。靴を脱ぎ捨てて、ベッドルームに走りこむ。

 ドアを開けて。

 愕然としたのは、三人ともに、だった。

 もしそれが、どこか街中で拾った一晩限りの相手であったなら、腹が立つには違いないが、ため息ひとつで片付けただろう。

 だが、これは相手が悪かった。

「……高宏」

「……ごめ……」

 凍った空気の中、高まった身体だけを持て余して、高宏は自分の顔を手で覆った。

 高宏をベッドに押し倒した格好でこちらを振り返る全裸の若い男が、固まったまま身動きしない。

 それは、職場でよく見かける、高宏側の部下の、吉野だった。

 つまり、予感は見事に当たったわけだ。

 しかも、情けない声で高宏に謝られて、貢は怒る気力すら萎えてしまった。

「いいよ、もう」

 力の抜けた状態で、貢はふらりと部屋を出る。それから、その足で玄関へ戻る。

「貢っ」

 ドタンバタンと大きな音を立てて、後を追ってきた高宏が貢にしがみつく。今までの名残で身体は汗にまみれたまま。

 そこに、自分でない男の影を見つけた。胸に、背中に、首元に。赤い花がいくつも咲いている。

 それを見たとたん、貢は高宏を冷たい廊下に押し倒していた。勢いづいて、床に高宏の頭がゴンと当たったのはわかったが、手加減などできなかった。

 噛み付くようなキスに懸命に応えて、高宏はまだスーツのままの貢にすがりつく。前を寛げていきなり突っ込まれても、悲鳴を噛み殺した。これは、罰だから。貢を裏切ってしまった罪の償いだから。そう思えば、悲鳴など上げられるわけもなかった。

 他の男の手によって緩められたそれは、最初こそ抵抗の色を見せたものの、すんなりと貢の怒張を飲み込み、締め付ける。それが、貢には許せない。許せるわけがなかった。

 何度か激しく突き上げて、高宏が覚えのある快感に身を委ねかけた途端に、実に中途半端なところで引き抜いた。

「高宏」

「……ご、ごめ……」

「淫乱」

 出た言葉は、貢自身が違和感を覚えるほどに、冷たかった。




 どうやって部屋を出て、どこをどう歩いてきたのか。

 貢は、自宅の前に立っていた。

 もう、夜の9時を回っているが、家中の電気は消えていて、誰もいないように見える。

 かろうじて持っていた鍵で玄関を開ける。

 知らない家の匂いがしていた。

 自宅なのに、知らない家なのだ。ここに住んでいた記憶などはるか昔だ。一人息子が寂しく暮らしているはずの家は、きれいに整頓されて、その性格が見て取れる。

 貢は、リビングのソファに座り込むと、そのまま膝を抱えてうずくまった。

 この夜遅くに、不肖の一人息子は何をしているのか、いつまで待っても帰ってこない。

 やがて、少し気持ちが落ち着いたのか、貢の腹が空腹を訴えた。怒っていても落ち込んでいても、腹は減るらしい。そんな自分が、愚かで情けなくて、涙が出てくる。

「早く帰って来い。バカ息子」

 血の繋がらない息子でも、恋人の一字を付けた可愛い子だ。気持ちが滅入っているこんな時だから、息子の顔が見たかった。親として、虚勢を張るためにも。





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