2
そもそも、一度結婚していることでもわかるとおり、貢は元々ノンケで、高宏に惚れられて道を踏み外したわけで、高宏の方から「してほしい」と誘ったのだから、その立場が逆転するわけがなかったのだ。
高宏とて、貢と比較するから体格よく見られるが、そんなに筋肉質なわけではないし、だからといって中年太りとも縁のない、普通の健康体である。実は高宏の好みは自分より大きい相手で、貢は真逆を行っているわけだが、これで意外と相性が良い。もちろん、ベッドでの相性も。
「……え? こら、ちょっと待て。まだ食事中〜」
「俺はデザートが食いたい。お前、食うの遅いよ」
「もう。この、オヤジ。エッチくさいよ、言い分が」
「だって、エッチのお誘いだろ?」
ほらほら、さっさと食わないとベッドに連れてくぞ。そんなとんでもない脅しで高宏を急かして、貢は高宏の背中に抱きつき、首筋に噛み付いている。吸血鬼でもあるまいし、と思うのだが、これがなかなかどうして力加減のツボをわきまえていて、甘く噛まれると背筋がぞくぞくする。
「んっ。ダメ……」
「もう食わねぇの?」
「貢が邪魔してんだろぉ。……あんっ。こら、やめろって」
ちなみに、繰り返すが彼らの年齢は40代。それも、半ば。10代の若い盛りでもあるまいし、と思うような積極性で、貢も高宏も甘い攻防を繰り広げる。いい加減飽きないだろうか、と不思議になるくらいだ。
それにしても、高宏の反応の悩ましいこと。この反応なら、同性に興味がない相手でもコロリと落ちるだろう。実際、貢もこの口だ。
「気持ち良い?」
「……だから、食事中だってばぁ」
抗議しながら、もうすでに箸は動いていなくて、貢にすっかり身を預けてしまっている。そんな言動が一致しない恋人に、貢は楽しそうに笑うのだ。
「な。デザート」
「オヤジっ」
「実際オヤジな年だぞ、俺たち」
「うるさい。年言うな」
これでも気にしてるんだ、と高宏が言うのに、貢はケラケラと楽しそうに笑って返す。同い年では気にする方がどうかしている。そりゃ、若い子の方が嬉しいには違いないが、貢にとっては恋人といえば高宏だけだし、そもそも男など、この相手以外には考えたくもない。
ふと、貢が攻撃の手を休めて、高宏の背中にもたれる。その隙に、高宏の箸が再び動き出す。
「なぁ、高宏」
「……ん?」
もぐもぐと口を動かしながら問い返すのに、その食欲にくすりと笑った貢だったが、それからぎゅっと抱きついた。
「高宏は、俺よりも若い子が良い?」
「……さっきから、どうしたんだ? 俺が浮気してるとでも疑ってる?」
「そういうわけじゃないんだけどさ。なんとなく、嫌な予感っていうか。俺の予知って意外と当たるんだよ」
だからさ、と言葉を濁す貢に、高宏は軽くため息をつくと、口に入れていたものを飲み込んで、彼氏を振り返った。軽く啄ばむようなキスをする。
「浮気なんかしないよ?」
「わからないよ。高宏って、貞操観がちょっと怪しいもん」
「……何で?」
「俺と簡単に寝といて、良く言う。俺が出張してるときなんて、新宿2丁目通いつめてたんじゃないの?」
「……否定しないけどね」
二人の間ではちゃんと話ができているらしく、どうやら一夜のお相手程度なら浮気に含まれないらしい。貢の疑いの目に高宏は誤魔化さずに肩をすくめ、貢もまた仕方がなさそうにため息をついた。
「遊びなら許すけど、本気になったらダメだぞ。本当は、俺以外の男に触らせたくないんだから」
「わかってる。……ごめんな、節操なくて」
「ホントだよ。いつになったら落ち着くのかね」
「一生、かな?」
これ、ほとんど病気だから。そんな風に言って、高宏は申し訳なさそうに頭をたれた。
実際、高宏の倫理観貞操観の欠如は、病気に近い。貢と付き合い始めてからは、最初のうちは貢一人でなんとかなっていたのだが、職位が上がるにつれて別行動が増え、1ヶ月以上離れることも多くなり、高宏が自傷行為に走った事があってから、ストレス解消に、との目的で黙認が下りたのだ。
普通の男なら、もやもやが溜まったら自慰行為で何とかしてしまうはずなのだが、高宏の場合それでは物足りないくらいになってしまっていて、一人ではどうしようもないのだという。本人にも手が施せない、というのは困ったことだ。
「な。しよ?」
「後で続き食わせてよ?」
「食い意地張ってんだから」
どっちがだよ、と突っ込みを受けながら、笑って誤魔化して、貢は高宏に口付ける。二人は、もつれ合いながらベッドルームへ移動していった。
[ 93/139 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る