嫉妬 1




 辞令が出て、二人はまた同じ職場に顔を合わせた。

 一人は、土方貢。警視庁でも指折りの柔道有段者で、今までは荒川沿いの所轄署長を務めていた、叩き上げにしてはずいぶん出世した立場の40代。数年前に別居状態だった妻と離婚しての独身貴族だ。柔道の有段者にしては線の細い男で、外見と実力のギャップが彼の力をより大きく見せている。

 一人は、船津高宏。こちらも、警視庁でも指折りの空手の名手で、今までは多摩川沿いの所轄署長を務めていた、こちらも叩き上げの40代。今までずっと独り身で、甘いマスクが喜ばれて、女性からはお買い得株に見られているのだが、そのわりに女の気配がまったくない。

 二人は、同期入庁ほぼ同時出世の気の合う相棒であった。若いころは所轄の刑事として本当にタッグを組んでいた間柄である。息が合うのも当然だ。

 4月の配置換えで昇格した二人は、辞令掲示の前で顔を合わせ、互いににやりと笑った。

 実は、一緒に住んでいる二人である。貢は別に自宅を持っているが、自宅には息子を留守番に一人残して、高宏のマンションに転がり込んでいたのだ。

 離婚する前は、妻と顔を合わせることが嫌で敬遠していた自宅だが、現在は、今まで放っておいた息子に合わせる顔がなく、タイミングを見計らいつつ忙しさに追われているところだった。いい加減戻ってやれよ、と高宏は言っていて、それは貢もわかっているのだが、なかなか決心がつかないのだ。

 辞令で発表された異動先は、二人揃って本庁の捜査一課だった。二人揃って課長補佐というのだから、異例人事である。おそらくは、昇格させなければならないが行き先がない、といったところか。叩き上げの職員はとかく蔑ろにされがちなお役所人事なので、こんなもんといえばこんなもんだろう。

 はっきり言って、本人たちにとってはそんな役職などこの際どうでも良いのだ。給料さえ上がってくれれば文句は言わない。ましてや、希望通りの捜査課である。ありがたいことだ。

 現場の刑事上がりな二人には、やはりデスクワークより現場作業の方が向いているわけだった。まぁ、課長補佐ともなれば、そうそう現場に出て行くこともないだろうが。

 さて、そんなわけで、二人は揃って警視庁捜査一課の扉を叩いた。




 配属されて1週間もすると、貢と高宏の周りにはそれぞれに人だかりができるようになっていた。

 元が叩き上げで、現場で揉まれた豊富な経験を持ち、面倒見が良くて、人好きする性格で。人気者にならないほうがおかしいのだ。このあたりが昇格の限界だろうと見ている二人は、これ以上頑張るつもりもないので、周りに対して嫌味がない。そこも、後輩にとっては付き合いやすい上司であった。

 いくら異例のダブル補佐とはいえ、捜査一課は暇ではないので、1件に警視を二人も配属する余裕はない。当然、扱う事件は別々で、付き合う相手も別々になった。

「でさぁ。あいつ、ホンットにドジでさ。遺留品素手で触りやがって、まったく。あれ、本庁の刑事だって自覚ないよ」

 二人とも、仕事はほとんど部下任せで、のん気に定時退社していたので、夕飯は自宅で揃って食べている。会話の内容は、どうしてもそれぞれの仕事の話になってしまうのは、相手も同じ刑事であるという安心感からだ。守秘義務も、ここでは気を使う必要がない。

 仕事熱心だというのももちろんだが、二人はほとんど同時に行動していてプライベートで話す必要はないので、自然と別のことをしている仕事の話になってしまうのだ。

 最近の高宏の話題は、そのドジな新人刑事の失敗話ばかりだった。

 さすがに、1週間ずっと同じ人間の話ばかり聞いていると、貢としても面白くなくて、つい勘繰ってしまうわけだが。

「その吉野ってヤツ、高宏の好み?」

「……はぁ? 俺の好みを知りたきゃ、鏡見て来いよ。あんなドジに惚れるほどボケてないぞ、俺は」

 バカ言ってんじゃないよ、と高宏は平然と笑い飛ばした。

 つまり、この二人、ただ気の合う相棒と同居しているだけではなく、恋人同士の同棲のつもりなのである。実際、肉体関係も含めた良い仲で、付き合い始めてすでに15年以上が経っていた。籍こそ入っていないが、夫婦に近い。

 この関係も、自宅に帰らない原因ではあった。好きな相手と暮らしている生活から、自ら離れていく勇気はなかなか出るものではない。

 そうやって平気で笑い飛ばす高宏に、貢もあっさり納得して、そうだよな、と頷いた。

「で、明日は?」

「土日は休みだよ。やっぱ、昇格はするもんだね。楽チン楽チン」

 ふっふっふ、と嬉しそうに笑い、高宏は傍らに置いたビール缶を取ると、貢の空いたグラスに注ぐ。そして、自分はそれに直接口を付けた。大きく煽ったので、もう残り少なかったのだろう。

「じゃ、今夜、良いだろ?」

「何を今更確認するかね。そのつもりだったよ」

 ちなみに二人の体格差はどう見ても高宏の方が勝っている。上背もあるし、肩幅も広く、肉も厚い。ひょろりとした印象を持たせる貢よりは、よほど頼りがいある外見だ。

 が、ベッドの役割は貢が主導権を握る。そもそも、柔道家の貢に高宏が寝技で対抗できるわけがなく、性癖が合致したのでさっぱり問題なかった。





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