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 翌朝。

 珍しく朝早くに目を覚ました芳巳は、自分の身体をまるで抱き枕のように抱きしめて眠る竜太を見つめ、芳巳は少しくすぐったそうに笑った。

 今まで気付いていながら否定し続けていた、自分にとってとても大切な人。病院で出会ったときから、きっと運命で定められていたのだろう。だとすれば、頑張って抗っていた期間が、もったいなく思えるのだ。

 無邪気な顔をして眠りを貪っているその子供のような顔を見つめ、芳巳は彼を起こさないように、あたたかい腕に抱かれてまどろむ。

 子供の時から、ずぶずぶと底なし沼にはまっていきそうな時に、まるで救世主のように現れて、強引に救い上げてくれた、力強い腕が、自分を大切そうに抱きしめてくれている。それが、いかに得がたい存在かを知っているから、手放したくない。拒んでいた今までも、受け入れてしまったこれからも。

 どうか、これからも自分に飽きずに付き合ってくれますように。

 自分自身情けないとわかっていながら、それでも芳巳は、いるのかどうかもわからない神様仏様に祈るのだ。

 自分には、この人が必要だから。この人がいなくちゃ、きっと生き延びてこられなかったから。これからも、生きていけないから。

 こんなに激しい気持ちでそばにいたなんて、この人はきっと一生気付かないんだろうな、などと思いながら。

 しばらく、幸せそうに眠っているその顔を眺めていると、突然その人が身動きをした。

「……ん〜?」

「おはよ、竜太。まだ早いから、寝てて良いよ」

 時間になったら起こしてあげる、と言われながら、腕の中のあたたかい人を抱き寄せ、しばらく寝ぼけてまどろんでいた竜太が、やがて目を覚ます。

 一瞬混乱して、それから思い出したらしい。がばっと起き上がった。

「芳巳っ!」

「……朝っぱらから大声出すなよ。びっくりしたなぁ」

 耳を塞ぎ、まったくもう、と呆れて見せて、それでも芳巳は幸せそうに笑う。そして、自分から、ぎゅっと抱きついた。

「ごめんね。昨日、良過ぎて気絶しちゃったみたい」

「……夢?」

「なんでだよ。失礼だな。ほれ、痛いだろ」

 ぎゅ〜っと、目の前のとぼけた男の頬っぺたをつねってやる。イタイイタイ、と片手が暴れるのに、芳巳はけらけらと笑った。笑いながら、その手を離してやり、代わりにつねった場所に小さなキスをする。

「痛いよ、芳巳〜」

「情けない声出すんじゃないの。イイ男が台無しだよ」

 今まで拒否し続けていたのが嘘のように、甘い言葉を囁く芳巳に、竜太は耳を疑ってしまう。芳巳に、手放しで誉められる日が来ようとは、今までは夢にも思っていなかった。

 それから、自分たちが裸で抱き合っているのに、今更ながらに気付いたらしい。突然、かぁっと顔中が真っ赤に染まった。今更照れられても、と思う。思うけど、何だかそんな初な反応が嬉しかったりもして。

「ねぇ、竜太。俺として、良かった?」

「……うん」

「なんだよ、歯切れ悪いな。まさか、あんなにアツ〜い夜を過ごしたのに、忘れちゃった?」

 まさかっ、とブンブン首を振る竜太に、芳巳は声を上げて笑った。あまりに必死なのが、かえっておかしくて。結ばれた今でも、自分のご機嫌を取るのに必死になってくれるのが嬉しくて。

「……芳巳は?」

「ん?」

「……俺として、その……後悔してない?」

「バカ。してるわけ無いだろ。後悔するくらいなら、最初からしないよ、俺は」

 ペチ、と音を立てて、芳巳は自分に覆いかぶさるように身体を起こしている竜太の両頬を、両手で挟む。それから、ちょっと背伸びをして、その唇にキスをした。

「好きだよ。竜太」

「愛してるっ」

 そのキスが、どうやらいつのまにか、竜太の理性を焼ききったらしい。ガバッと組み敷かれ、貪るようなキスを受ける。触れ合った肌は焼けるほど熱くて、男同士では隠しようも無いその象徴は、二人とも相手を欲していて。

「しても、良いか?」

「軽く、ね。今日は学校あるんだから」

 攻め、受けの違いこそあれ、二人ともまだまだ精力有り余る年頃だ。我慢しろだなんて、言うだけ無駄というもの。ましてや、今までじっくり煮詰めてきた二人の出来上がったばかりの関係に、水を差すものも無い。

 自分から膝を曲げ、自分を覆い隠せるほどに大きな身体をした恋人の欲望を、その身に受け入れる。そうして、芳巳は実に幸せそうに微笑んだ。
 やがて、その表情が苦しそうに曇るとしても、幸せは変わりない。素直に、嬌声をあげる。恋人を、そして自分を、もっともっと煽るように。せっかくついた火に、幸せの風を送り込むように。

「芳巳。愛してるよ」

「はぁんっ。もっとぉっ」

 昔の経験だけではない。竜太が、自分の欲望を押し殺してまで、芳巳をとろとろにほぐしてくれるから。竜太が欲しくて、泣いてしまう。優しい言葉を囁かれるだけで、身体が宙に浮くようだ。汚されつくしたはずの身体が、清められていくようだ。

 俺の、大切な人。

 あなたのためなら、どんな自分でも見せてあげるから。

 いつまでも、離さないで。抱きしめていて。そばに、いて欲しい……。




 その日の昼休み。

 尊敬する先輩に、首筋に残るキスの跡を見つけられて、からかわれてしまって、二人は揃って茹蛸状態になって俯いた。

 それはでも、何だか甘い、あたたかな祝福だった。



おわり





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