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 二台の自転車は、一時間後、彼らが通う高校まで自転車で三分の、マンション前にあった。

 どちらも住人用の自転車置き場前で、片方はきちんと整列された中に入れられ、もう片方はその作業を待っている。

「なぁ。親父さんたち、まだ戻ってこないのか?」

「あぁ、まだまだ。帰ってくるとしても、来年だろ。清々するよ、自由だしさ」

「自由なのは、いたときから変わらないと思うけどな」

「あれは、自由になりたくてもがいていただけさ。現状とはまた、違うよ」

 ふふっと笑って、自転車の籠からカバンを取り、待っていた竜太の下へ戻っていく。それから、竜太の顔を覗き込んだ。不思議そうな、それでいてからかうような、微妙な表情を見せる。

「なぁ、竜太。お前、何で俺が受け入れるの待ってんの?」

 無理やりヤっちゃえば良いのに、と続きそうなその台詞を、竜太は慌てて口を塞ぐことで黙らせた。それから、目で叱り付ける。

「そういうこと言うなって、何度言ったらわかるんだ。俺は、お前の身体だけが欲しくてそんなこと言ってるわけじゃねぇよ。わかってんだろ?」

 強い口調で咎められて、う、と唸ったまま芳巳は俯いてしまった。口を覆っていた手を離して竜太が芳巳の肩を抱き寄せるのに、芳巳も素直に抱き寄せられる。

「そりゃあ、さ。俺は知ってるよ。お前がどこで何してたかくらい。でも、アレはもう辞めたんだろ? だったら、そういうこと言うなよ。俺の気持ちまでそうやって投げやりになって踏みにじるのはやめてくれ。俺は、お前が過去を吹っ切れるまで、待ってるから」

「……待てないくせに、よく言うよ」

「ごめん。……だって、好きなんだからしょうがないだろ。愚痴言うくらい我慢してよ」

 芳巳の頭の上で、まるで呟くようにそう言って、竜太は余計芳巳を抱きしめた。それから、その頭にキスをする。

「じゃ、俺、帰るな。また明日、学校で」

 ぽんぽん、とまるで子供にするように頭を軽く叩き、へらっと情けない表情で笑って見せる。

 そんな竜太に、芳巳は深くため息をつくと、両手を頭の横に上げた。

「降参」

「……え?」

「まいった。降参。もう良いよ。意地を張った俺が悪かった」

「……フジさん?」

 何事?と竜太が芳巳の顔を覗き込む。芳巳は、困ったように笑っていた。

「竜太。良かったら、今日、うちに泊まっていかない?」

「……へ?」

 それは、とにかく寝耳に水で、竜太は芳巳の言葉の真意が掴みきれず、呆然と立ちすくんでいた。ダメ?と聞くその言い方が甘えた口調で、びっくりしてしまう。

「……それ、言ってる意味、わかってる?」

「だから、降参だ、ってば。もう良いよ。とっくにほだされちゃってるんだから。意地張るだけバカみたいだ」

「ホントに?」

「くどい男は嫌われるぞ?」

 からかうように笑って、それはでも、竜太が戸惑うだろうことはわかっていたらしく、辛抱強く竜太の本心を待っていた。あんぐりと口をあけて、とにかくみっともなく驚いている竜太が、芳巳には、かわいらしく見える。図体の大きな立派な男なのはわかっていても、かわいいなどという似合わない言葉を思いついてしまう芳巳も、もうすでに重症だ。

「ほら。泊まってくの? 帰るの?」

「……泊まる」

 欲望に正直に答えを口に出す。それが、正気を取り戻すきっかけだった。大慌てで、芳巳の自転車の隣に自分の自転車を入れ、小走りに戻ってきて、待っていてくれる芳巳を抱きしめた。

「ホントに良いのか?」

「だから、くどい男は嫌われるってば」

 行こう。そう、声をかけて、芳巳は自分の家に向かって歩き出す。くっついた大男もそのままに。

 贅沢にもオートロックのマンションの鍵を開け、芳巳は誰もいない自宅へ向かう。待っている人は誰もいないけれど、一緒に帰る人がいるのが少し嬉しくて、くすぐったそうに笑った。





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