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 その後。

 病院に搬送して戻ってきた戸塚教諭の口ぞえによって、宏紀、竜太、芳巳の三人は、約束どおり無罪放免となった。

 その足で、彼らが向かった先は、近所で指貫地蔵の名で有名になっている、小さな寺の境内だった。このお地蔵様に指貫をお供えすると、家内安全の祈願になる、という噂のあるそこは、地元でも有数の、不良中学生の溜まり場だ。

 授業時間を終えた不良生徒たちが、放課後になると集まってくるそこは、M中とH中のほぼ中心に位置していて、どちらの生徒もここにやってきては情報交換をしていた。これも、竜太と芳巳が仲が良かった頃の名残である。

 そこには、いつものように、竜太や芳巳に従っていた不良少年たちが集まっていた。まだ、ここにはシンナーなどの危険物は蔓延してきていないようだ。

 しかし、反対に、集まっている仲間たちの何人かに、激しい喧嘩をした後のような怪我が残っていた。現れた竜太と芳巳の元へ集まってきた彼らが、情けない表情を見せる。

「フジ先輩。ご無事で何よりです」

「ごめんなさい。先輩たちの高校、黙ってるつもりだったんですけど、脅しに負けて……」

「高校に、行きませんでしたか?」

「ほんとに、面目ないです」

 後輩たちに次々に謝られて、竜太も芳巳も、それに宏紀も、高校に彼らがやってきた事情が読めた。どうやら、年上のチンピラ集団に負けて口を割ったものであったらしい。しかし、彼らの怪我はかなりのもので、余程頑張った末の結果だったのだと思うと、誰も怒ることなど出来なかった。

「俺たちのことは、良いんだよ。追っ払ったから」

「それより、お前たち、その傷大丈夫か?」

 芳巳が言った気遣いの一言に、集まった全員がふにゃっとこわばった表情を崩した。男泣きに泣く後輩もいる。どうも、その一言に感動したらしい。

 そんな後輩たちの反応は、そのまま、芳巳の人望の表れである。喧嘩はまったく弱い芳巳が、それでも不良少年たちをたくさん率いて、頂点に君臨していたのは、その人望の厚さによるものなのだ。

「で? 最近、どうなってるの?」

 ここまで来る道すがら、中学生に出回り始めたシンナー類の問題を聞いてきた宏紀が、心配そうに声をかけた。途端に、全員が口々に身振り手振りで説明を始める。

 さすがに宏紀といえども聖徳太子ではないので、後輩たちをいさめようとした竜太と芳巳の耳に、なるほどねぇと呟く宏紀の声が聞こえてきた。どうやら、そんな取り留めのない説明を、理解したらしい。

「でも、どうしようもないからねぇ。放って置くしかないんじゃない? そろそろ中学校の方でも、生徒の指導を始めてるだろうしね。それだけ広まってれば。でも、この辺の警察も当てにならないからなぁ。辻先生も、他に行っちゃったんでしょ?」

 どうもしてあげられないなぁ、と、それでも親身になって考えてくれる様子に、二人は申し訳なくなって頭を下げた。

「すみません、後輩の指導が行き届いてなくて」

「去年の秋くらいから、受験勉強で忙しくて構ってやらなかったんですよね。反省してます」

 シンナー類の売人が入り込んでくることまでは食い止められなくとも、こちら側に購買意欲がなければいずれ下火になるはずなのだ。それが、止められないということは、今後、シンナーなどだけでなく、薬物が出回ってくる心配も考えられる。
 中学生に対して、大人が上からモノを言って理性を求めるのは至難の技だ。同年代で言い聞かせてやるしかないのだが、その自覚を持ちながら、食い止められなかったのが、二人には悔やまれてならない。

 そんな二人に、宏紀は苦笑を見せた。

「そんなに責任を感じることはないよ。二人とも、良くやってきたじゃない。卒業してからも、まだこんなに慕ってくれる人がいるんだから、大したものだと思うよ。あとは、本人たちに任せなさいな。君たちもね、自分の身を守るためだと思って、友達に、そんなもの買うな、って言って回りなさい。それが、蔓延防止に一番良い方法だから」

 どうやら、尊敬する二人の大先輩の、さらにそのまた大先輩に当たるらしい宏紀の言葉に、集まった全員が大きく頷いた。それから、その中では聡明さが顔に表れている茶髪の少年が、竜太と芳巳に向き直る。

「先輩たち、今までありがとうございました。これからは、俺たちだけで頑張ってみます」

 そして、もう一人。外見は今時珍しい丸メガネをかけた、ノビ太君タイプの少年もその後を引き継ぐ。

「竜太先輩の跡は、俺が引き継ぎます。任せてください」

「何言ってんだよ、宗次。竜太先輩の跡継げるのは俺くらいなもんだって」

「相原が出来るなら、俺だって負けてないぞ」

「っていうか、H中の人間が何で竜太先輩の跡継ぐんだよ」

「そうそう。自分の学校引き継げって」

 口々に仲間の間で言い合って、けらけらと笑い出す。そんな後輩たちに、宏紀は満足そうに頷き、竜太と芳巳に目をやった。

「竜太もフジさんも、もう現場から足を洗ったんだから、ゆったり相談役に徹してればいいんだよ。どうせ、外側から物申すには限界があるんだから。自分たちのことは自分たちに解決させないとね」

「……そうですね」

「今回の件で、身に染みました。すみません、ご迷惑をおかけして」

「いやいや。母校の後輩たちが困ってるなら、一肌脱ぐのも先輩の務めってヤツよ」

 えっへん。そう、何故か偉そうに胸を張って見せる。宏紀のそんな仕草に、竜太も芳巳も遠慮なく笑わせてもらった。

 境内の向こうに、宏紀が可愛がっていた二人組みがいてこちらを遠巻きに見ているのを見つけ、宏紀は懐かしそうにそちらに行ってしまう。見送って、竜太と芳巳は改めて互いに顔を見合わせ、それから軽く肩をすくめた。




 翌日。

 同じ場所で同じ時刻に渡り廊下で同じメンバーでばったり出会った彼らは、双方で顔を見合わせると、困ったように苦笑を浮かべた。

「こんにちは」

「昨日は、ありがとうございました」

 竜太に挨拶され、芳巳に昨日の事件に礼を言われて、松実と克等は顔を見合わせた。昼休みに、昨日の騒動を宏紀から詳しく聞いていた松実は、少しだけ、同情した表情を見せる。

「大変だったね」

「いえ。俺たちが不甲斐ないばっかりに宏紀さんにご迷惑をおかけして、申し訳なく思ってます」

 それは、おそらく正直な気持ちなのだろう。芳巳はそんな風に謝って返す。ぺこり、と30度近く頭を下げたそれを見ていて、宏紀が何故か、あっ、と声を上げた。それから、この緊張した場にそぐわない、からかうような笑い方をしてみせる。

「竜太。やったじゃん」

「へ?」

 からかわれた意味がわからずに、思わず問い返した竜太に、宏紀が指し示したのは自分の左の首筋。

 とたんに、芳巳が顔を赤らめて俯いてしまった。竜太もそれに気付いて、照れ笑いを浮かべる。

「お幸せにね〜」

 じゃあねぇ、と手を振って、宏紀が二人から離れていく。その後を、松実と克等が追いかけてきていて、後にはゆでだこのように真っ赤になった二人が残されていた。



おわり





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