II-1
II
小学生の頃の宏紀は、それはそれは可愛らしい少年だった。
黒いランドセルを背負い、サラサラの栗色がかった黒髪と大きな瞳を持った彼は、まったく可愛いとしか形容のできない可愛い男の子。
高校生になっても、その面影が多少残っている。
その彼は、ある日の夕方、後に進学することになっている公立中学校の門の前に立っていた。
どうやら人を待っているらしく、小石を蹴って遊びながら、たまに視線をめぐらせた。
やがて、自転車が近づいてくる。この道は人通りの少ない細い道で、どうやらこの自転車が彼がこの場所に来て最初の通行人だったらしい。宏紀は顔を上げて、またおろした。待ち人とは違ったようだ。
それからまた五分。自転車に乗って、中学校の制服を着た忠等が現われた。忠等は、門の傍に少年を見付け、そこで自転車を停めた。
「君、お兄さんかお姉さんでも待ってるの?」
宏紀は忠等を見つめたまま、首を振った。忠等は困ってしまったらしく、首を傾げてまわりを見回した。向こうの方で忠等を呼ぶ声がする。
「あの」
迷っていたふうの宏紀が、思い切って忠等に近づいた。手にはしっかりと封筒を持って。
「あの、これ。読んでください」
へ?と忠等は無意識に聞き返していた。見たこともない少年に、なぜ手紙を渡されるのかがわからない。
「お願いします」
その迫力に圧されたのだろう、その封筒を受け取っていた。宏紀が頬を軽く染めて走りだす。向こうの方から忠等を呼んだ大柄の中学生が不思議そうに声をかけた。
「あれ、ヒロじゃないか。どうしたんだ、こんなところに」
「知り合い?」
「幼なじみ。うちの向かいに住んでる。小五、だったかな。自分がかわいそうな奴なんだってことを知らない、かわいそうな子でね。気にかけてる」
へぇと答えて、忠等は宏紀の去っていった方を見やり、封筒を尻ポケットに突っ込んだ。
この頃の忠等は、学校へも滅多に行かず、行っても遊んでいるだけという不良少年だった。テストもほとんどサボっているため、成績はあまり良くない。が、やればできることは本人が一番よく知っていた。
彼は少々変わったグレかたをしている。
少年時代の彼は、まわりから天才といわれるほどの優等生だった。忠等自身は学校は遊び場と考えていたし、勉強も遊び感覚でやってきたため、なぜまわりの大人たちがそんなことを言うのか、まったくわからなかった。
対して、弟の克等は、まったく一般的な勉強嫌いの小学生だった。
ということは、必然的に起こる現象がここでも起こる。小学校の四年生にもなると、克等は「お兄ちゃんはこんなにできるのに」と叱られはじめたのだ。
その時、忠等は六年生だった。ここまで成長すると、自分が変なのだと想像できるようになる。
弟が叱られるのを見ていた忠等は、自分が勉強という遊びをやめれば弟は怒られずに済むのではないかと考えた。
そして、それを実行に移した。別に忠等にとっては、勉強などしなくても困らなかったのである。
慌てたのは両親だった。有名中学校にいれようと考えていた両親としては、勉強しなくなられるのは困ることだったのだ。
叱ってみてもなだめすかしても、忠等はまったく折れようとせず、結局地元の公立中学校に進学した。そのうえ、不良グループの仲間入りをしてしまったのである。
それから一年後、宏紀が彼の前に現われた。
手紙に書かれていたのは、どうやら恋文らしい。
小学生らしく、あまりきれいとは言えない字だが、しっかりした考えの持ち主であることを感じさせる文章が書かれていた。
幼なじみである、加納牧人という忠等より二才年上の男の家を溜り場にしていた不良たちを、鍵っ子だった彼は何をするでもなくぼんやりと見ていたらしい。
そして、その中にいた忠等を好きになってしまった、というようなことが書かれていた。ラブレターというよりは、恋文と分類したくなる文章で。
内容はともかく、文体を見ても喩の使い方を見ても、頭の良い子らしいことがわかった。何度か読み返すうちに忠等が会ってみたくなったとしても、何の不思議もなかった。
宏紀が思い切った日から丁度一週間後のその日、忠等は小学校の門の前で宏紀を待っていた。
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