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突然。
学生の多くが利用する通用口の方から、ざわついた雰囲気が伝わってきて、その場にいた全員がそちらを振り返った。少し離れた場所にいた竜太と芳巳は顔を見合わせている。練習試合も一時ストップがかかり、宏紀のいる場所よりも現場に近いこともあって、もしかしたら状況が見えるのかもしれない、全員が不安そうにそちらをうかがっている。
やがて、一人の制服姿の男子学生が、こちらに走ってくるのが見えた。きょろきょろと人を探している様子だったが、それから、竜太と芳巳の方へ走り寄っていく。
「帰ったんじゃなかったのか。良かった。なんか、コワイ兄さんが四、五人くらいで来て、笈川と藤原を呼んでるんだよ。心当たり無い?」
それは、おそらく二人と同じ一年生で、しかもクラスメイトなのだろう。はっきりと目的の人物を確認して、苗字を呼び捨てで呼べるのだから、そういうことだ。
聞かれて、竜太と芳巳は、再び顔を見合わせた。
特に心当たりは無いのだが、この学校で『コワイ兄さん』に呼び出される可能性のある人間など、自分たちくらいだろう、という自覚はある。これが、学区内でも偏差値の低い学校であれば、仲間内でも何人か進学していることもあり、あり得ない話じゃないだろう、と思うわけだが、ここでは勝手が違う。元ヤンキーに分類される人間は、まず間違いなく、竜太、芳巳、そして宏紀の三人だ。市内に顔が利いていただけに、それは確信のある事実である。
二人が困って顔を見合わせているところに、第三者の声が降ってきた。
「どうしたの?」
それは、当然のように、宏紀である。
声の主を振り返り、竜太は情けない表情を見せた。芳巳は芳巳で、ため息をつく。
「今の時期で俺たちに用があるというなら、理由は1つだろうな」
「俺たちを直接恨まれても困るんだけどなぁ。仲間を薬物から守ろうっていうのは、人間として当然だろ?」
「売人には厄介な存在だってことさ」
「わからなくはないけど。迷惑だ」
薬物?と、呼びに来たクラスメイトが不審な表情を見せ、宏紀は実に不安そうに二人を見やる。
「何人だって?」
確かめるように聞いたのは、芳巳だ。尋ねられて、クラスメイトは少し自信がなさそうに眉尻を落とす。
「五人くらいだったように見えたけど。恐くって、ちゃんとは見てないから」
「五人か。チンピラ五人、竜太、イケる?」
「さすがに無茶だろ。売人なら間違いなく年上」
いくら中学生の間ではタイマンで負け知らずだった竜太でも、年長者相手に五人同時はさすがに厳しい。そうだよなぁ、と芳巳は腕を組む。自分が喧嘩に参加しようとは、最初から思ってもいない。弱いのは自覚しているのだ。
そこへ、宏紀が、じゃあ、と口を挟む。
「二人とも事情はわかってるみたいだから、なんなら俺も手を貸すよ?」
それは、お前たちは信用している、と同義語で、二人ははっとして先輩を見つめた。宏紀は、中学時代とは比べ物にもならない、より磨きのかかった可愛さで小首を傾げて見せた。歳をとってより可愛さが増す男というのもどうかと思うが、彼の場合、私生活の幸福感が形となって現れているせいだ。落ち着いた感じが頼もしさに拍車をかける。
「チンピラ五人ですよ? 竜太と二人で、大丈夫ですか?」
「フジさん、俺の強さ、忘れてる?」
久々に暴れちゃうよ、と茶化してみせる宏紀に、そのブランクが心配なのだとも言えず、芳巳は渋々頭を下げる。
「……お願いします。でも、勝算は?」
「追い払うだけでいいんだろ? 楽勝。俺、三人片付けるから、竜太は二人よろしくね」
さ、行こ。あくまで軽い乗りで、宏紀がさっさと話を進めてしまう。芳巳は、実に心配そうな表情は崩さずに、先に行く宏紀を追いかけた。
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