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 彼らの出身中学校は、この高校から程近い場所にある。竜太こと笈川竜太は宏紀と同じくM中。フジさんこと藤原芳巳は隣のH中が出身だ。
 宏紀の世代では、番格同士の仲が悪く喧嘩ばかりしていた両者だが、その次の世代はそのどちらもが宏紀派だったおかげで、過去の因縁などすっかり忘れて、仲が良かった。

 この二人、竜太と芳巳が、仲が良かった時代の番格の二人である。
 竜太は、このごつい体格のおかげで腕っ節が強く、喧嘩では宏紀が相手でなければ全戦全勝。
 芳巳は、取っ組み合いの喧嘩こそ仲間内でも最弱だったが、頭の回転が速く、グループ同士の抗争なら負け知らずの、優秀な指揮官だった。
 二人がタッグを組めば、向かうところ敵なしなのである。おかげで、この近辺は二人がいた一年間、平和そのものだった。

 ところで、これからは、というと。

 実は、この一年間優秀な番格が君臨していたおかげで、未だに跡を継ぐものがいないのが現状だった。
 束ねる人間がいないから、そろそろ鬱憤もたまってきたらしく、そこここで問題が発生しつつある。それは、組織だっていないからこそ、余計に厄介だった。

 それに、昨年こそ二人で懸命に守ってきたのだが、実は、隣町のチンピラたちが、自分たちの縄張りだけでは飽き足らず、こちらの中学生たちにまでちょっかいを出し始めていた。

 そのチンピラたちは、質の悪いシンナーやトルエンを、中学生相手に安値で売りさばいているのだ。
 昨年からその姿はちらほらと見られるようになっていたのだが、二人が仲間たちに、そんなものに手を出さないように注意を促していたおかげで、大した問題にもならずに済んでいた。
 それが、今年は誰も抑制しないせいで、爆発的に出回りだしてしまったのである。

 せっかく死に物狂いで頑張って、難易度最大のこのS高校に進学したにもかかわらず、今まで二人が宏紀に会いに行かなかったのには、卒業した未だに母校を心配しなければならない、そんなわけがあったのだ。

 そして、二人が宏紀と偶然再会したその日のこと。

 彼らはその時、サッカー部の練習場所にやってきていた。宏紀はここでマネージャの仕事に忙しいので、彼らのほうからやってきたのだ。半分は、二人の関係を見破った宏紀への、弁明のためである。

「だからね、宏紀さん。俺ら、まだそういう関係じゃないんですよぉ」

「……まだ?」

「え、いや、あの。だってね、俺が頑張って口説いてるのに、フジさんってば、のらりくらりってはぐらかすんだもん」

 情けない口調で弁明するのに、その言葉の端に引っかかって、芳巳が不機嫌さ丸出しで突っ込む。それに、また竜太がそのデカイ図体を縮こませて、言い訳を始める。
 それは、そのまま二人の立場を表していて、宏紀はそれを聞いていて、けらけらと笑った。笑いながらも、目は抱えたバインダーと練習試合風景を交互に見守っていた。

「笑い事じゃないですよ、宏紀さん。ホント、最近のフジさんってば色っぽくって、俺、これ以上自分抑えてる自信ない」

「ちょっと、やめろよ。恥ずかしいな。俺は、イヤだって言ってるだろ」

 あまりにも取り繕いの無い露骨な表現に、芳巳はその大きな図体を向こうに押しやって嫌がる。きっと本人たちはどちらも真剣なのだろうが、そんな二人を見ていて、それでも宏紀は楽しそうに笑っていた。

「宏紀さぁん。笑ってないでくださいよ。俺、貞操の危機なんだから」

「そのままやられちゃった方がすっきりすると思うよ」

 実に楽しそうに、宏紀は一人で笑っている。宏紀の恋人が同性なことは、ここにいる二人も知っていることだから、まったく隠そうとしない。平然と、とんでもないことを言ってのけた。

「……宏紀さん?」

「貞操の危機、なんて言ってないで、フジさんから竜太を押し倒しちゃえば?」

 えっ、と驚いた反応をしたのは、両方ともだった。どちらも、竜太は攻め、芳巳は受け、と思い込んでいたらしい。二人揃って驚くのに、宏紀はいつまでも楽しそうに笑ったままだ。

「ほら、フジさんだって、そう思い込む程度には許してるんじゃない。それと、竜太。男相手に好きだって言い張るなら、自分が受けに立つことも覚悟すべきじゃないの? 相手に迫るだけじゃ、ノーマルの人間を落とすのは至難の業だよ」

 ほらほら、頑張って。そんな風に、宏紀は竜太に対してはっぱをかける。竜太は、おそらく今まで考えたこともなかったのだろう、新しい考え方にうーんと唸っている。
 その隣で、芳巳もまた、竜太をちらちら盗み見ながら唸っていた。この大男をどうやって押し倒すか、思案しているものと見える。というのも、口元が意外と楽しそうだからだ。

 可愛い後輩が、二人揃って悩んでいるのに、宏紀は一人で、先ほどから笑いっぱなしだ。宏紀から見れば、今更言うまでもなく、良き相棒な二人なのだ。これが恋人に発展したからといって、二人の関係が崩れることは無いだろう。そう考えれば、悩むだけ時間の無駄というものだ。

 悩みこんでその場に留まっている、実はまったく部外者な二人を、特に邪魔でもないのでそのまま放っておいて、宏紀は自分の作業に戻った。
 他にもいる女子マネージャーの手元を覗き込んで、その手に収まったストップウォッチから、練習試合の残り時間を確認し、コート脇でドリブル練習をさせられている新入生の方へ移動していく。





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