後輩たちの事情 1
世の中は、どうしても宏紀に楽をさせたくないらしい。
それが、学校の渡り廊下で彼らに遭遇した時の、ちょうど隣にいた松実の感想である。
宏紀たちが高校二年生に進学した、四月中旬のことである。
その渡り廊下は、教室前の廊下だけでは並べきれなかった、背の低いスチール製のロッカーが並べられているところだった。この三階は一年生のクラスが集められた階なので、これらのロッカーも一年生のものだろう。
そして、遭遇した彼らは、ロッカーをこの場所に指定された生徒だった。だから、ここで出会うことも必然なのだ。
そこを通りかかったのは、宏紀、松実、克等の三人だった。図書室の隣、図書準備室で司書の仕事を手伝いながら、昼食を摂ってきた帰り道であるらしい。それぞれに、手に弁当箱を抱えている。
おそらく、宏紀がそこで彼らに気付き立ち止まらなければ、出会いはもう少し後回しになったことだろう。
そうはいっても、同じ制服を着ているということは、どうやら同じ学校に入学してきたようなので、いつかは顔をあわせるのだろうが。
「竜太? フジさんも?」
名前を呼ばれて、二人は同時にこちらを振り返った。片方は、背も高く逞しい体つきをしていて、もう片方は、いかにもこの学校の生徒らしい頭の良さそうな優男だ。
その二人が、呼ばれた名前よりも声に驚いて、こちらを見ている。そして、二人は同時に頭を下げた。
「お久しぶりッス。宏紀さん」
その声が、今までの癖なのだろう、この場所にしては大きすぎて、通行人が全員、こちらに注目した。挨拶をしたほうの二人も、どうやらそれは自覚したようで、揃って、ヤバ、と口元を押さえる。が、それは後の祭りだろう。
それは、宏紀はよく知っている、中学時代の可愛い後輩たちだった。
一年生だというのに、二人とも制服を適当に着乱して、その雰囲気は授業にオチこぼれ気味の三年生と変わらない。
濃紺のブレザーは前ボタンを開けたまま、羽織る、という状態になっているし、ネクタイは適当にゆるく結んで、ワイシャツのボタンは上二つを開けたまま。体格の良い方の彼は、淡いグレーのチェック柄のズボンを腰ではいて、裾を足元で引きずっている。
そんな格好が、二人の場合、おそらくその持ち前の雰囲気で、有無を言わせないカッコ良さになってしまっていた。
それもそのはず。彼らは二人とも、宏紀と同じように、中学時代に番格を張った男たちなのである。
さて、そこで問題となるのは、何故ここに彼らがいるのか、ということだ。確かに、宏紀の指導のおかげで、授業にも半分程度は出ていた彼らだが、この学校は学区内でも一番の偏差値を誇る難易度の高い学校である。その入学試験を、彼らが通り抜けてきたことがまず、信じがたい。
宏紀は元々天才肌だから別としても、この二人は普通の学力しか持っていなかったはずだ。中堅クラスなら堅いだろうが。
「へぇ。頑張ったね、二人とも」
素直に賞賛する宏紀に、体格の良い彼が途端に照れ笑いをしてみせる。
「いやぁ、これが俺らの実力ですって」
「竜太は死に物狂いだった気がする……」
「るっせぇよ。そういうこと、宏紀さんにバラすな」
突っ込みの早さが、彼らの名コンビぶりを証明していた。傍で聞いている分には漫才に近い。
そんな二人のやり取りに、宏紀は少し驚いたようだったが、それから、へぇ、と頷いた。
「なるほど、そうなんだ。ふぅん」
「……え?」
「宏紀さん、今、何を納得しました?」
そんな納得のされ方をしそうなことは二人とも言った自覚がなく、顔を見合わせる。不思議な納得の仕方をした方の宏紀は、うふふっと意味深な笑い方だ。
「いやいや。そんな隠さなくても、バレバレだから。お幸せにね、二人とも」
邪魔者は退散、と嘯いて、手を振って宏紀が二人から離れていく。その後を、松実と克等が追いかけてきていて、後にはゆでだこのように真っ赤になった二人が残されていた。
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