Sweet Christmas



 12月23日。全国的に祝日のこの日、土方家に突然の来客があった。

 宏紀の親友、貝塚松実である。

 玄関を開けた宏紀に、松実はすがりついた。

「ひろぉ。助けてぇ」

 情けない声で訴えるのに驚いて、宏紀はとりあえず中に入るように促した。

 松実の声を聞きつけて、居間にいた3人が顔を出す。そのうちの一人に、ここにいるはずがなかった人をみつけて、松実は思わず声をあげた。

「すくちゃん先輩っ? 何でこんなところに?」

「大学はもう冬休みだよ。まっちゃん」

 苦笑して返して、宏紀の恋人は二人に手招きをする。そこは寒いよ、というのが理由らしい。確かに、居間に入ったら暖かかった。

 座らされて一息ついて、松実は宏紀の方へ身を乗り出す。

「ひろ。お願いがあるの」

「うん。何?」

 親友がこうやって助けを求めてきたのだ。聞かない宏紀ではない。それを受けて、松実は自分の目の前で手を合わせた。

「クリスマスパーティーに出して恥ずかしくない料理、教えてっ」

 一瞬の、間。

 それは、男の子から男の子に対してするお願いとはとても思えない、本人にとってはこの上なく切実な、お願いだった。




 それというのも、松実は、お菓子を作らせれば主婦顔負けの腕前なのだが、いかんせん、料理というとからっきしなのが理由なのだった。

 12月24日。クリスマスイブ。

 昼過ぎ頃に、松実は自分の恋人が住んでいる、祝瀬家を訪ねていた。前日松実を驚かせた、『すくちゃん先輩』忠等の実家でもある。

 恋人、克等との恋人宣言をして、早1年4ヶ月。両親にも気に入られて、いつでもお嫁に行けそうな状況ではあるが、今まで祝瀬家で料理の披露など、したことがない。

 そして、このたび、克等の母から直接メールがあって、クリスマスのパーティーの仕度を一緒にしましょう、とお誘いを受けたのだった。

 その誘いは、母としては何気ないものだったのだろう。お菓子を作るのが好きだと話したことがあるのを覚えていて、良い機会だと判断したものと思われる。そして、松実も喜んでその誘いを受けた。

 が、数日経って、はた、と気づいたのだ。パーティーの仕度ということは、料理も当然含まれる。そんなことを再認識して、松実は頭を抱えて悩み倒し、宏紀の元へ駆けこんだのだった。

 チャイムを鳴らすと、家に一人で留守番をしていた母が迎えに出た。

「いらっしゃい。寒かったでしょう?」

 どうぞ、入って、と促して、彼女は外気温から逃げるように中へ入っていった。後を追って、玄関に鍵をかけ、台所へ向かう。

「ケーキのスポンジ、焼いてきましたよ」

「まぁ。準備が良くて助かるわ。後の献立を考えましょ。何か考えてきた? 何も準備してないのよ。まずは買いだしに行かなくちゃね」

 もう、冷蔵庫もからっぽ、と言いながら、からからと笑うところを見ると、どうやら一緒に買い物に行きたかったらしい。昨日宏紀に聞いておいて良かった、と、そっと胸をなでおろす松実であった。

「決まっていないんでしたら、サラダとフライドチキンと炊きこみご飯のお握りなんて、いかがですか?」

 何しろ、昨日教わってきたのがその3つなのだ。他に提案のしようがない。それ良さそう、と賛同をもらって、ほっと一息の松実であった。

 フライドチキンといっても、宏紀に教わったそれは、さらに一工夫されていた。衣に細かく砕いたクルトンをまぶして、衣にカリカリ感を出すのだ。
 それは、宏紀が1年前のクリスマスに実験して大成功を収めた品だそうで、受験のおかげで食べ損ねたそうな忠等が、松実と宏紀の練習成果品のおこぼれに預かって感激していた代物である。宏紀の自慢の一品というものだった。

 それを、なるべく忠実に再現する松実の手元を見ていて、母、克美は、嬉しそうに笑った。

 できあがった3品は、どれもおいしそうで、松実は克美と顔を見合わせると、嬉しそうに笑いあった。

 ちょうど、測ったように、留守にしていた祝瀬家の男たちが帰ってきた。

「ただいまぁ」

 自分で鍵を開けて入ってきて、そこに男物のスニーカーを見つけたらしい。玄関先の物音が止まる。それに気がついて、松実は帰ってきた二人を迎えに行く。

 台所からひょっこり顔を出したその男の子が見知った顔だったので、先に入ってきたらしく前に立っていた父親、忠志はほっとして行動を再開した。息子の克等はというと、さらに驚いて固まってしまっている。

「おかえりなさい。早かったですね」

「うん。思ったより道がすいていてね」

 声をかけた松実に普通に返答して、忠志は居間に入っていく。そして、できたばかりの料理の数々に歓声をあげた。

 やがて、ようやく立ち直った克等が、あえぐように言う。

「まっちゃん。……何で?」

「お母様に呼ばれたの。驚かせてやりましょ、って。驚いた?」

 そんなことは聞かずもがなで、くすくすと笑う。その松実を、悪戯をたしなめるように軽く小突いて、抱きしめた。

「心臓に悪ぃよ。まったく」

 うふふっと、松実が新底嬉しそうに笑った。

 父親に歓声をあげさせた食卓は、克等にも同じ感動をもたらした。同じように歓声をあげる。それを見て、松見は克美と顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んだ。

「さ。冷めないうちにいただきましょ」

 克美の号令にしたがって、全員が急いで食卓につく。

 あっという間に姿を消した食べ物たちに、克美は一人、唖然としていた。確かにおいしい。食欲をそそる。が、それを差し引いても、男たちの食べっぷりは予測をはるかに超えたものだった。足りなかったかしらねぇ、と首を傾げている。

 最後に、思わせぶりに克美が冷蔵庫から取りだしてきたのは、松実のお手製ケーキだった。こればっかりは、奇抜な発想と鮮やかな手つきに、克美がまったく手伝えなかったものだ。

 なんと、ミカンのケーキなのである。スポンジの生地に練りこまれているのは、手作りのミカンのマーマレード。二つに割ってはさんであるのはホイップクリームとミカンの缶詰。周りを覆ってデコレーションしているのは、ミカンの果肉のジャムをホイップクリームに混ぜたもので、その上に等間隔に缶詰ミカンが並べられている。

 甘いものはあまり得意でないはずの祝瀬家の男たちも、このさっぱりとした柑橘系の甘味に、口元をとろけさせていた。口に運ぶ3回に1回は、うまい、と声をあげるのだから、よほど気に入ったのだろう。

 最後に口直しのコーヒーを出した頃には、全員が満足そうなため息をついていた。




 食器の片付けは克美が引き受けてくれたので、松実は克等の部屋にしけこむことにした。今日の夕飯はほとんど松実が作っていて、克美には手伝ってもらっただけであることを告げると、克等は新底驚いたように目を見開いた。

「まっちゃんって、意外な才能あるなぁ」

「でも、付け焼き刃なんだよ。昨日、ひろに教えてもらったものだから。僕のオリジナルは、あのケーキだけ」

 正直に白状すると、克等はふるふると首を振った。

「ケーキ。うまかった。初めてだぞ、クリームのケーキを二口以上食ったの」

 それはよっぽどのことだ。それをしみじみと訴えられると、さすがに悪い気はしないもので、松実は嬉しそうに笑った。

 ベッドに二人並んで腰かけて、そんな会話を交わす。付きあい始めてすでに二年目。実は、まだこれより先に進んでいなかったりする。雰囲気だけは十分なのだが。密室の中だというのに、手もつながないのだから、重症だ。

 そうそう、と松実が話の腰を折る。

「昨日、ひろの家に行ったらさ。すくちゃん先輩が来てたよ」

「兄貴が?」

「うん。二人で京都で年末年始を過ごすんだって。迎えに来てた」

「ってことは、ひろは明日休みか」

 だね。そう、松実もうなづく。

 それにしても、せっかく近くまで帰ってきておいて、実家に顔も見せないとは。まぁ、確かに兄らしいのだが。

 松実の話はまだ続く。

「でね。すくちゃん先輩に、聞かれたんだけど。幸せにやってるか?弟は優しくしてくれてるか?って」

 ほう、と相槌を打ちかけて、克等はふと首を傾げた。

「なんか、含みがないか? それ」

「あ、やっぱりそう思う? 僕もそう思って、聞いてみたの。そしたらね。ひろが言うんだよ。祝瀬家の男は優しすぎるから、まだキスくらいしかしてないんでしょ、ってさ」

「う……。見抜かれてるなぁ」

 言葉に詰まったということは、それが問題だという認識はあるのだろう。そうわかって、松実は苦笑を浮かべた。

「僕は、まだ待ってた方が良いの?」

 今までも、実は不安だった。優しくしてくれるし、手を引いてくれるし、不安そうにしているとキスをしてくれるから、そのたびに、きっとまだ大丈夫だと、自分に言い聞かせて。
 昨日、祝瀬家の男は云々と宏紀に教えられていなければ、そろそろ我慢も限界だっただろう。同じ男だからこそ、こんなに近いところにいるのにそぶりすら見せてくれないと、自分には魅力がないのだろうかと、真剣に悩んでしまうのだ。

 実は初めて、そんな風に松実の不安そうな顔を見せられて、克等は焦った。そんな風に思わせていたとは思っていなかったから。
 踏ん切りが付かなかったのだ。無理強いをして嫌われることを恐れて、問いかけすらしなかったのだから、それは明らかに克等が悪い。

「いいのか?」

「だって、僕がかっちゃんを抱くんじゃ、絵にならないよ? 体格の差も立場も、全然違うし。それに、僕はどう見ても受けじゃない?」

 いや、そういう見た目で判断するものでもない気がするのだが。

「僕は、かっちゃんに、抱いて欲しい。僕は男だけど、それでも抱きたいって思ってくれるなら」

 訴えて、真剣な表情で克等を見つめる松実に、克等は深いため息をついた。

「ごめんな。そういうの切りだすのは、俺の役目だよな」

「でも、僕もちゃんと言わなかったのは悪いと思うし」

 克等だけのせいではない。だから、責めるつもりもなかった。好きでいてくれたなら、そうしたいとは思っていて、遠慮していただけなのなら、それで良いのだ。

「抱いて、くれる?」

「痛かったらちゃんと言えよ。きっと、歯止め効かねぇから」

 ん。

 短く答える。

 自分だって、ずっと我慢している。誘われたから無理にそう言ったのでなければ、きっと克等も同じはず。だったら、歯止めなんていらないから。抱いて欲しい。激情があるならその心のおもむくままに。

 ぎゅっと抱きしめてくれる克等の胸にすがりついて、松実は自分から、彼の愛しい唇にキスをした。




 若い二人を二階へ追いやって、テレビを見ながらワインを楽しんでいた祝瀬夫婦は、息子たちの関係を知ってから早1年以上経つというのに、初めてその声を聞いて、そろって上を見上げてしまった。それから、顔を見合わせると、困ったように眉を寄せつつも、笑いあう。

 そろそろ、貝塚家のご両親にもご挨拶に伺うべきかなぁ、などと、少し的の外れたことを、真剣に考えてしまう二人であった。



おわり





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