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 結局、同じく月曜日は他に授業のない河坂の厚意で、その後、ミーティングまで一緒にいてもらうことになった。というのも、本当に寝不足が深刻で、このまま帰っては家に帰り着く前にダウンしてしまいそうだったのだ。それよりは、ミーティングまでの時間、部室で寝ていたほうが安全である。
 昼食を買いにコンビニへ行って、帰りに待ち合わせていた今回の出版社の担当氏に原稿を渡して、という行動はしたものの、食事をして一息ついてしまうと、結局ノックアウトされてしまった。昔の部員が苦労してゲットした、畳敷きの部屋なので、座布団を並べてしまえば、かなり快適に眠れるのである。
 寝ている間に出入りする部員は何人かいたのだが、寝ていても周囲に敏感な宏紀が目を覚まさなかったのは、河坂が隣で本を読みながら、番をしてくれたおかげのようだ。

 ふと、宏紀が目を覚ますと、ちょうど5時限目の始業ベルが鳴ったところだった。3時40分。
 起き上がって大欠伸をしたときを見計らったように、障子戸が開いた。英文科の水谷と国文学科の小池が、そろって顔を見せる。
 この二人と河坂で3年次の3馬鹿トリオと言われていた。水谷は新撰組が、小池は『信長の野望』が、それぞれ馬鹿がつくマニアなのだ。この戦国史愛好会には3年次は4人しかいないので、宏紀を入れてもカルテット。いずれにしても、どこかに偏った一面のある、あくの強いメンバーだ。

「あれ? 土方が寝てるのは珍しいな」

「あ〜あ。目が真っ赤だよ。何? 寝不足?」

 オタクには2種類あって、社会からはみ出たオタクと、外面上はまともな人間に見えるオタクとがいる。前者は自分の殻に閉じこもりがちで、将来的にもあまり良い結果を生み出さない場合が多いが、後者は周囲ともうまくやっていけるので特に問題はない。
 というのが水谷の持論で、そういった意味では、3人とも後者なのだが、中でも内と外との二面性がはっきり分かれているのが、この水谷だった。
 協調性に優れ、他人の身体の不調などにも敏感に反応する気配り派で、若干八方美人なところも否めないのだが、はまった物にはとことんなのである。それこそ、わき目も振らない。そこがすごい。

「二日徹夜だって。いくらなんでも、見てるこっちが心配でさ。寝かしといたんだ。もういいのか? 土方」

 まだ残りが半分くらいある本をしおりも挟まずに閉じて、やってきた二人に向き直る河坂。読んでいたのは、出版されている土方等の最新作だった。この部室内に置かれている蔵書の一つだ。

「あぁ。ありがとう。で、何読んでるかな、本人寝てる前で」

「最新作。やっぱいいよ。身内の義理とか入る余地ない。なぁ。これ、サイン本にしないか? 今のところ、世界で唯一だろ? 値がつくぞ〜」

「二束三文だよ。せいぜい古本に毛が生えた程度だって」

「それ、お前、自分を過小評価しすぎ。発売部数が物語ってるじゃないか。もっと自信持て」

 今までそんなに仲が良かったわけでもなかった二人が、切れ間なく会話をしているのに驚いて、水谷と小池が顔を見合わせている。内容までは耳に入っていないように見えるが、そこまで話して、特に示し合わせたわけでもなく、宏紀と河坂は同時に残りの同級生に目をやった。

「…なぁ。何の話だ?」

「土方が、実は超有名な売れっ子作家だって話さ。ほら、これ」

 小池の問いに答えて、河坂が今まで読んでいた本を見せる。土方等作『眠り猫』。
 3馬鹿とひっくるめられるだけあって、3人はかなりの仲良しで、河坂が土方等ファンというのも知っているらしく、おお、という返事が来た。そんな時点で、周りにいるメンバーは厳密に世間一般の認知度を測るには不都合があるはずだが、な、と自信満々に胸を張る河坂に、宏紀は苦笑するしかない。

「土方宏紀。土方等。…何で今まで気がつかなかったんだ? 河坂」

「悪かったな。身近すぎるんだよ」

 水谷の突っ込みにぶすくれて反応する河坂を見て、今度は本当に楽しそうに笑った。実際、3人の会話は聞いていて楽しいのだが、寝不足が祟っていささか気分もハイになっているようだ。

「ん? でも、その人って、同性愛作家だろ? ってことは、土方ってそういう趣味?」

 どちらかというと、そういうものは軽蔑するタイプのようで、水谷が眉を寄せた。宏紀は少し寂しそうな目をして、河坂がそんな宏紀を心配そうに見ている。

「水谷は、そういうの、嫌いな人?」

「嫌いも何も、気持ち悪いじゃないか。男だぞ。お前、男なんか見て欲情するか?」

 これが普通の反応なのだろう。今まで受けてきた反応があまりにも好意的過ぎただけで。
 一般論であるし、ノーマルな男はこんな反応が普通だ。それはわかるし、自分も忠等以外の男とは冗談でもいやだと思うから、否定できない。
 しかし、逆に、忠等という彼氏の存在があるので、おいそれと肯定するわけにもいかず。

「俺は別に、そういう好みの人がいても良いと思うけどな。年増好きもいればロリコンもいるし、デブ専、巨乳フェチ、SMとか、人の好みってみんなバラバラで、だからこの世の中うまく成り立ってるんだろうし」

 そう、口を挟んだのは、なんと小池だった。宏紀がそういう人だと知って、受け入れた河坂も、逆に知っているからこそ何も言えなかったのに。意外な言葉に、全員の視線が小池に集中する。

「…小池もそういうタイプ?」

「いや。俺はノーマル。理解することはできる、っていうだけだよ。自分に被害がなければ、人の好みには口出ししたくないし。土方の場合、でも、多分バイでしょ。どっちでもいけるタイプ。今の恋人が男だから、否定できなかっただけじゃないの?」

 ぽん、と放られた無意識の爆弾発言に、気がついたのは宏紀だけだったようだ。いつもふざけているように見えた小池の意外な一面に、他の二人はびっくりしたらしい。

「何で、今の恋人が、って?」

「土方、S市に住んでるだろ? 毎週買出しは駅前のジャスコ。よく見かける。男4人ってスーパーでは目立つから」

 いつも隣にいる、背が高くてかっこいい人が恋人でしょ? そう言って、小池は笑って見せた。そう言うという事は、小池も毎週その時間はジャスコにいるということで。

「…バイト先?」

「そ。あんな彼氏なら、俺も欲しいかもなぁ。すごい優しそうじゃん」

「あげないよ?」

「今はいらないよ。彼女いる」

「へぇ。どんな人? 付き合って結構長いの?」

「浪人してたころからだから、もう4年目。社会人でさ。彼女がすきなんだよね、土方等。もともとさ、女性向けのホモ物、ボーイズラブって言ったかな?そういうのが好きな人だからさ。余計はまっちゃったっていうか。おかげで、俺は別に、そういうのに抵抗ないんだよね」

「仲、いいんだね」

「うん。卒業したら、結婚するんだ。だから、絶対就職しなきゃいけないんだよね。自立できるくらい稼がなきゃ」

 頑張らなきゃね、と改めて気合を入れなおして見せる。特に気負ったところもなく、それが当然のことのようなのは、将来をきちんと考えている証拠で。いつもは見られない真剣な小池がそこにはいた。

 こんな不毛な話をしていての意外な収穫に、宏紀は何故だか嬉しくなって、くすりと笑った。宏紀の周りには、何だかんだ言っても、理解のある人が集まっているらしい。
 高校生のときは、所属していたサッカー部で、忠等との仲が部内公認になってしまったし、他にも宏紀の恋人が男だと知っている人は多いが、それを知って縁が切れた人は一人もいないのだ。実は今まで運が良かったのかもしれないのだが。





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