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 翌週月曜日。8時半出勤の忠等と、宏紀の戸籍上の父親、貢は早々に家を出、今日は1ヶ月前の休日出勤分の振替休日を取った居候の船津高宏は居間でゆっくり朝食タイム。宏紀はそんな朝の8時ごろ、珍しく階段を音を立てて駆け降りて来た。
 目の下には大きなクマができていて、絶世の美青年も台無しなのだが、そんなことは気にしていられないらしい。こんな事態を予測して買ってあった食パンを口にくわえ、また2階へ駆け上がっていった。

 どうやら、今日が締め切りの原稿を仕上げるために、徹夜をしたらしい。2階でどたばたと駆け回る音が聞こえて、高宏は肩をすくめた。立ち上がり、ちょうど背後にあった戸棚の上の、薬箱に手を伸ばす。

「宏紀君。5分くらい時間あるだろう? 目の下のクマ、何とかしていきなさい」

 若干命令口調なのは、貢と同い年という年齢のせいというよりは、宏紀の第2のお父さんだから、なのだろう。
 血のつながりはまったくない4人だが、そこらの一般家庭と比べても、そう劣ったところは見られない、いや、血縁上も戸籍上も胸を張って家族と呼べる家庭よりも、よっぽど信頼しあった家族だった。法的にはただの同居人であっても、そんなことは取るに足らない問題で、彼らの関係に無駄な遠慮は存在しない。

 聞こえたらしく、2階から「はーい」と返事があった。それを聞き取って、高宏は薬箱を開け、『アイクールシート』を取り出した。ワープロ仕事の宏紀と、眼精疲労から来る片頭痛持ちの高宏のために、こういった目の関係の薬は一通りそろっているのである。

 ペリペリとセロファンをはがして、ちょうど近くにやってきた宏紀に渡してやる。まだ食パンを半分しか食べていない宏紀は、それを受け取って、ようやく腰を下ろした。このシートをつけている間は何もできなくなるのが欠点だが、こんなに大きなクマをそのままにして大学に行くわけにもいくまい。

 やっと落ち着いた宏紀の正面に、薬箱を元に戻して高宏が座る。

「また徹夜? 今回は2日連続だね」

「うん。今回は、でも、締め切りがきつかったし」

 ふう、と大きめのため息をつく。ちなみに、この時間ではすでに1時限目は遅刻なのだが、もう諦めたのだろうか。残った食パンをパクつきはじめる。

「忙しいのはわかるけど、体のほうも少しはいたわってあげないと。ね。今回は出版社のほうにも責任があるんだから」

「ん〜。でも、まあ、できちゃったから。いいよ、今回は。またあったら、その時は交渉してみる。ほら、今、学費って自分の給料から出してるからさ、わがままを言うわけにもね」

 それを聞いて、高宏が少し情けなさそうに眉をひそめる。

「学費くらい出すって言ってるだろう? 貢も俺も、一応高給取りだぞ」

「独立資金にするんでしょ?」

 自分でまかなえているのだから良いのだ、と宏紀は目の上のシートをはずしながら笑った。
 実際、宏紀は所得税を高校生のうちから払っている身で、自分の学費と生活費は何とか稼ぎ出しているのだ。国立大学の文系学部だからできることではあるのだろうが。月給に換算すると、手取りで20万ほど。大卒の新人サラリーマンよりは稼いでいる。

「独立資金ったって、スポンサーがいないわけじゃないしなぁ。それに、もう辞表は出したんだよ。俺は今月末までって事で、引継ぎ作業してるし。ただ、貢がねぇ。いつになるかな?」

「今追ってる事件?」

「そう。片をつけるまでは心配で自分事どころじゃないってさ。律儀だよね」

「ていうか、それって、自分なら解決する自信があるってことでしょ。相変わらず常識破りな言動だよね」

「検挙率90%は伊達じゃないって事さ」

 今の世の中、半分は迷宮入りしているというのに。と、高宏は半分呆れたため息をつく。そんなことを恋人に言われてしまう自分の父親を思い浮かべて、宏紀は楽しそうにくすくすと笑った。

「できることがあったら、何でも言って。手伝うよ」

「あぁ。ありがとう。その時はお言葉に甘えさせていただくよ。そら、そろそろ行かないと、2時限目に遅刻するぞ」

 見上げた時計が8時半を指す。高宏に促されてそれを見やって、宏紀はあわてて立ち上がった。

「今日は一日家にいる?」

「そのつもり。家事のことは考えないで、とにかく気をつけて行っておいで。できることはやっておくから」

「ありがとう。行ってきますっ!」

 バタン。玄関が勢いよく閉まる音がして、高宏は笑いながらも少し心配そうな表情をする。いつもなら足音すら立てない宏紀が、行動のたびに物音を立てている。周りに気が回らない上に、力加減が微妙な具合にできていないのだ。おそらく寝不足のせいで。
 学校で問題を起こさなければいいのだが、とそこが気がかりでならない。何しろ、もともと中学時代は近所の悪ガキどもを束ねる市内の総番だった子なのだから。キレたら手がつけられないのは、宏紀と同年代の不良と呼ばれた人たちはみんな知っている。大人の、一般に玄人さんと呼ばれる人々にさえ知れ渡った有名人なのである。



 そして、案外良く当たる高宏の予感は、現実のものとなるのである。





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