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 どうやら本当に我慢の限界だったらしく、いつもより余計に励まれて起き上がれなくなってしまった宏紀は、大人しく忠等の腕枕の中にいた。
 本当なら、これから仕事をしようと考えていたのだが、そんな気力はしばらく戻りそうにない。忠等の狙いがこれだったのかどうかは定かではないが、こうしている時が一番好きだという忠等は、本当にうれしそうだ。

 そうしてぼんやりしていると、最近の寝不足も祟ってか、ついうとうとしてしまう。宏紀の呼吸が微妙に寝息に変わってきたのを待っていたかのように、忠等が腰に響く低い声で話しかける。
 普段はそう低くも聞こえない声なのに、こうして密着して聞くと、宏紀はそれだけでメロメロにとろけてしまうのだ。

「そういえば、最近どう?」

「…ん〜?」

 答えるのも億劫そうな宏紀の反応に、忠等はくすくすと実に楽しそうに笑った。

「学校で、言い寄ってくる奴がいるんだろ?」

「あ〜。うん。まぁねぇ」

 返事というよりは相槌に近い。が、それで忠等にはちゃんと伝わっているらしい。そうかぁ、と少しだけ困ったように眉を寄せた。

「ちゃんと、恋人がいるから、とは言ってあるんだろ?」

「うん。もちろん。でも、信じてくれないって言うか、聞いてくれないって言うか。全然効果ない」

「男だとも言ってる?」

 少しずつ眠気が覚めてきていた宏紀。言われた言葉が気になって、反芻してみて、しばらく固まってしまった。それって、もしかしなくても爆弾発言だ。

「その様子だと、言ってないな? 言っとけよ。あんまりしつこいとシメられるぞって」

「だって、男同士だよ?」

「言い寄って来てるのだって、男だろ?」

「大学では、あんまり波風立てたくないんだけどなぁ」

「俺だって、職場で事を公にして騒ぎを起こすのは避けたい。けど、そこをうまくやらなきゃ。いつまでも諦めてくれないぞ」

「やっぱそうかなぁ」

 やだなぁ、とぼやく。宏紀がここまで嫌がる理由は二つあった。
 一つは、その男、中野の口が今時の若者らしく、実に柔らかいこと。下手にこちらの弱みを握られると、あることないことべらべらと吹聴されそうだ。
 それと、宏紀の大学での友人たちの反応である。高校ではあんなにモテモテだった宏紀だが、大学に入ってからよくしゃべる友人はたった3人しかいないのだ。その3人に嫌われては、孤立無援になってしまう。

「それとも、今更ながら、後悔してるのか? 俺との事」

「まさか。世界中の人間を敵に回したって、忠等を選ぶよ、俺は」

 あっさりさらさらと返事が出てくるところが、すでにそんな次元の壁は越えてしまっていることを物語っている。しかし、だからこそ、それは最終手段であることも心得ていて、世間とうまくやっていくには隠しておくことが賢明であるのは百も承知なのである。だからこそ、渋るのだ。

「先に打ち明けちゃったら? 仲のいい友達にだけでも」

「免疫つけとこう、って?」

「でなくてね。そんな大事なことを話してくれた、ってなったら、味方になってくれないかい? それとも、逃げていくタイプ?」

「う〜ん。どうだろうなぁ。未だに掴み所がよくわからないんだよね、あの三人」

 あまりにもしみじみと言うので、その宏紀の反応がよほどおかしかったらしく、忠等がぷっと吹き出す。突然笑われても、それが自分のせいだと思い当たれなかった宏紀が、首をかしげた。

「…何?」

「いや、宏紀の反応がっ」

 くっくっと笑い続けている忠等に、宏紀は少しだけむっとした表情をして、ぺしっとそのおでこを叩いてやる。叩かれてもまだ笑いが止まらない忠等は、そのまま苦しそうな顔で言った。

「わからないのか? 友人だろ?」

「一人は信長の野望マニア。一人は戦国武将オタク。一人は新撰組フリーク」

「…人種が違うのか」

「微妙にね。時代小説作家なんてやってる俺には、あんまり人のことは言えないけど」

 ようやく笑いやんで納得げな相槌を打つ忠等に、宏紀は苦笑して見せた。その表情から、しぶしぶながらも打ち明けてみることを心に決めた様子がうかがえた。





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