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 家に帰った二人は、急に八人もできた有名人の知人たちの電話番号を手分けして電話帳に控え、今日一日を振り返って笑いあった。居間でその作業をしていたため、貢と高宏がびっくりしてそれを見ている。
 夕飯の時間には帰宅できなかったため、この日の夕飯は宏紀が帰りがけに買ってきた惣菜ものとラーメンで済まされてしまったらしい。やはり、この家には宏紀がいないと、まともな食生活も維持できそうにない。

 明日から、また日常が始まる。夜十時を回ると、早々に彼らはそれぞれの部屋へ引っ込んだ。

「なあ、宏紀」

 ベッドに二人して潜り込んで、忠等が呼びかける。珍しくもう眠たそうにしていた宏紀が、眠たそうな声で答えた。その声に忠等は笑ってしまったが、すぐに真面目な顔に戻った。

「お前、本当に俺のことを諦めるつもりだったのか?」

「え? ……ああ、休憩時間の時の話?」

 そうとも違うとも言わず、宏紀はくすくすと笑いだす。真面目に答えないので、忠等はむっとしたらしい。

「はっきり答えろよ。返答によっては、容赦しないぞ」

「ん、もう。そんなにマジにならないでよ。もし両思いだったら、だってば。その相手が男なら、俺も断固戦うけどね。相手が女の人で、忠等がその人に惚れちゃったなら、俺は身を引こうと思って。今回に限らず」

「何で。宏紀の俺に対する思いって、その程度なのか?」

「うーん、どの程度なのかな。この気持ちがどういう程度の思いなのかはちょっとわからないけどね。忠等がその女の人に惚れたのなら、そこに俺の入る余地はないでしょ? そこで俺がごねたりしたら、忠等にとっての俺って、ただの足手纏いじゃない。せっかくノーマルな幸せつかもうとしてるのにさ。
 だから、足枷を外してあげようと思って。もし俺が遠慮しても、忠等が俺のとこに帰ってきてくれるなら、別に問題はないわけでしょ?」

 そういうことだよ。そう結論づけて、宏紀は言葉とは裏腹に忠等に抱きついた。

「愛してる。俺は、たぶん忠等のことを、一生愛し続けると思う。でも、だからって、忠等が俺を一生愛していなきゃいけないわけじゃないんだよ。
 心は変わるものだから。両方でお互いに、一方的に愛してて、それが一致してるから愛し合うって言葉になってるんだ。愛し合ってるから、気持ちが離れても相手を愛していなきゃいけない、なんて言ったら、本末転倒でしょ?
 だから、気持ちが離れちゃったら、離れていっていいんだよ。無理したら、無理されたほうもつらいから。
 俺はあなたを愛してる。心から。そして、あなたは今は俺を愛してくれている。だから、愛し合ってるの。それでいいんだよ」

 二人の間の隙間を埋めるように、宏紀はぴったりと忠等にくっつく。そうしながらも、まだ見えない未来のことを語る宏紀の目に、小さく涙が光った。
 別れたくなんてない。別れたら自分は生きていけない。それでも、宏紀は忠等を愛しているから、そう言える。忠等の幸せを考えるから、出てくる言葉だった。
 そして、きっとまだ、忠等には言えない言葉だった。以前は軽く言えていた言葉だけど、その深い意味を知ってしまうと、とてもじゃないがそんなふうには言えない。

「相手に他に好きな人ができたら、って話ね、最初父さんに聞かれたんだよ。で、聞き返したらね、父さんも高宏さんも、身を引くって。それが両思いだった場合に限ってたけどね。
 だから、今回は両思いじゃないから、身を引かなくていいんだよ、って言われちゃった。大人の目って、誤魔化せないねえ。本当、鋭い」

 おかげで助かった、と宏紀は笑ってみせる。つまり、本気で身を引かれかけていたらしい。
 言われるまで気がつかなかった自分に、忠等は自己嫌悪してしまった。宏紀の心を全部支えてあげたいと思うのに、今回の件は自分のことで精一杯で宏紀の気持ちにまで手が回らなかった。
 これからだって、長い人生、何が起こるかわからない。貢も高宏も、いつかは二人を置いてこの世から去ってしまう。まだまだ先とも思えるが、一生側にいるつもりでいる忠等にとっては、それはそれで差し迫った事態でもあって。急に将来が不安になってくる。

「もっと強くならなくっちゃね、俺も。いつまでも父さんや高宏さんに甘えていられない」

「俺も、自分のことも宏紀のことも考えられるくらい、大きな人間にならなくちゃ」

「年の功ってやつも必要じゃない?それ」

「ああ、かな? でも、早く早くって、焦るよ」

「まだまだ先は長いのにね。時間はいくらあっても足りない」

 二人とも、もっともっと経験を積みたい、もっともっと大人になりたい、そう思っている。若いから、焦ってしまう。でも、きっとその気持ちが大事なのだ。もっともっとと思う分、彼らは理想に近づいていく。理想を掲げるから、どんどん追いついていく。本人たちは気づいていなくても、もうすでに同じくらいの年ごろの人たちよりは先を行っているはず。それでもその先を目指して。一生そうやって生きていけたら、なんとすばらしいことか。

「……ねえ、宏紀」

「ん?」

「ずっと、一緒にいようね」

「うん」

「夢、一緒に追いかけていこうね」

「うん。そうだね」

 確かめあって、頷きあって、二人は固く抱き締めあう。そして、そっとキスを交わした。情熱のキスではなく、誓いの証。

「おやすみ、宏紀」

「おやすみ」

 忠等がしてくれた腕枕に頭を預けて、宏紀は穏やかな気持ちで目を閉じた。



おわり





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