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 拍手が納まった頃を見計らって、番組プロデューサーがこの相談の終了を告げる。

「二十分休憩を挟んで、次の相談に移ります。お疲れ様でした」

 その声を合図にスタッフの動きが慌ただしくなる。パネラーの人々のマネージャーらしい人たちも動きだすが、当の大物芸能人たちは一人として動こうとしなかった。それどころか、自分たちの方へ忠等と宏紀を呼び寄せる。

「椅子持っていらっしゃいよ。まだもう少し時間あるでしょう?」

 立っていた司会の二人も、セットの裏に隠しておいてあった椅子を引きずりだしてきて座る。忠等と宏紀が座ると、そこにいた大物俳優がまず尋ねた。

「もし良かったらでいいんだが、本名を教えてくれるかい?」

「俺の名前は、祝瀬忠等です。彼は土方宏紀。土方等って言えば知ってる人もいらっしゃると思いますが」

「って、最近デビューした歴史小説作家の!?」

 秘密にしておくつもりだったらしく、宏紀が少し怒ったように忠等をにらむ。それに気づいて、忠等は肩をすくめた。もう言ってしまったものは仕方がない。

「え、ほんとに? 私、ファンなのよ。もし良かったら、あとでサインくださらない? 今日、本を持ってきてるの」

 いいですよ、と頷く宏紀の横で、知らなかったらしい人が知っている人に何のことか尋ねている。

「歴史小説っていうか、恋愛小説なのよね。有名人の恋を取り上げたり、戦国の世に振り回される雑兵の恋を描いてみたり。それが、すごく上手で、特に中に出てくる台詞が最高。ちょっと気障っぽいんだけど胸を打つ台詞を言う人とか、恋する男心を切なく描写する台詞とか。で、史実もよく調べてあって、他のベテランの歴史小説家に引けをとらないのよ」

「大学で日本史専攻してますから。資料には事欠かないんですよ」

 恋愛は、こんな恋愛してますからねえ、と宏紀は恋人を見やる。視線を受けて忠等が笑った。確かに、これだけ熱い恋をしていれば、ネタには困らないだろう。台詞に感動できるのは、その台詞に宏紀の心がこもっているからだ。そして、読む人にも恋する気持ちを少しでも分けてあげたいと思うからだった。

 小説家土方等を囲んで彼の小説について女性たちが熱く語りはじめた隣では、忠等を囲んで男たちが男としての恋愛を語りだす。

「祝瀬君は、彼以外の人と関係を持ちたいとか考えたことはないのかい?」

「うーん、ないですね。でも、彼もさすが男で、男の心と身体は違うって事情もちゃんと理解してるんで、相手が女の人だったら浮気してもいいよ、って言ってくれるんですよ。今は一緒に住んでるんで、そんなことをする必要もないんですけど、俺が大学生だった四年間、遠く離れてまして、その時は、相手が女だったら許すからって言われました」

「女性でそんなこと言う人って、あんまりいないだろうなあ」

「女性に限らず、好きな人に浮気していいなんて、普通言えないでしょう。俺だって、女房が浮気するなんて絶対に許せない」

「いや、それは相手が女だから」

「男も女も関係ない。そうだろう、祝瀬君?」

「さあ、女性の性欲についてはよくわかりませんから」

 ちなみに、と言って忠等は苦笑する。

「ちなみに、俺は彼以外の人に対しては、相手が女でも男でも、不能みたいです」

「あらら。それって、やっぱり精神的なところから来るのかねえ」

「それだけ熱い恋愛を、一度でいいからしてみたかったね」

「一度したら、それで恋愛自体がおしまいだろう。それで一生続けられないなら、何度やっても無駄だろうし、普通の恋愛なんて味気なくてやってられないだろうさ」

 な、と振られて、忠等は苦笑して頷いた。そこに、宏紀の声が聞こえてくる。

「俺ね、本当は、もし彼女と俺の彼氏が両思いだったら、身を引こうと考えてたんですよ」

 いったいどういう話をしていてその発言が出たのかわからないが、ちょうど話が途絶えていた男たちが、宏紀の言葉を聞きとがめて、そちらに注目する。あらどうして、とベテラン女優が尋ねた。

「いや、やっぱり同性っていうのは禁忌ですから。俺のわがままで彼を縛りつけたりしたら、彼が本当の幸せを掴むのを邪魔しちゃうわけでしょう。彼を愛してるから、彼が幸せになるのを邪魔することはできないと思うから。やっぱり、男同士と男女のノーマルな恋愛と、どっちを優先するべきかっていったら、ノーマルな方だし」

「でも、彼に捨てられたら、生きていけないんでしょう?」

「うん、生きていける自信はないです。だから、彼の気持ちが彼女に向かなくて良かった。俺が彼に振られたことで自殺なんてしちゃったら、彼の心に罪悪を背負わせちゃうことにもなりかねないし。一緒に俺の心も離れられればいいんですけどね、人の心って本当、自由にならないものですよね」

 心底、自分のことはそっちのけで、忠等のことしか考えてないんだなと思わせる発言に、彼らは自分の考え方を見直させられる思いだった。今までは、この番組で一貫して自分の幸せを追い求めてというアドバイスをしてきた彼らだが、相手の幸せを祈ることで自分も幸せになるという方法もあるのだと思い知らされてしまったのだ。
 もちろん、誰にでもできることではないが、こういう方法も、と助言するレパートリーに加えても問題ないはずの考え方だった。

「土方さん、あなた、この番組にパネラーとして出演してみない?」

「……俺にそんな資格、ないです。一般人だし、まだまだ未熟者ですから」

「いやいや、作家は十分芸能人だよ」

 ねえ、プロデューサー、と司会を務めていた男性が言う。プロデューサーは一連の話を聞いていなかったので、はあ?と返してきた。くすくすと宏紀が笑っている。

「これからも、番組楽しみにしてます。頑張ってください」

 そう言うことでやんわりと断って、宏紀は立ち上がり、失礼しますと頭を下げた。椅子を持ってセットの外へ出ていく。同じように頭を下げて、忠等がそれに続いた。ちょうどよく、ディレクターの松浦が声を張り上げる。

「では、次の相談にいきまーす。スタンバイよろしくお願いしまーす」

 さすがプロの集団。その声を聞いて、それぞれが姿勢を正し、司会の二人は持ってきた椅子を片付ける。

 撮影が始まると、松浦は宏紀と忠等をスタジオの外に促した。

「撮影はあと一時間もかからないと思いますが、どうしますか?」

「俺、サイン頼まれちゃったから……」

「じゃあ、終わるの待ってるか」

「そうだね」

 サイン?と首を傾げる松浦に、誤魔化すように笑いかけて、待っている、と告げると、控え室で待っていてくれと言われた。松浦と別れて先ほどいた会議室に向かう。会議室の前の廊下で、帰り支度を終えて出てきた清美とすれ違った。すれ違いざま、清美が言う。

「あなたのことは、諦めます。でも、あなた方のことを認めたわけではありませんから」

「ありがとう」

 礼を言った忠等に、清美はびっくりして振り返る。視線を受けて、困ったように忠等が笑った。

「いや、諦めてくれて、ありがとう。それと、ごめんね」

「……謝らないでください。もともと私のわがままが起こしたことですから」

「うん。でも、ごめん」

 元気でね、そう言って、忠等はにっこりと笑った。その隣で、宏紀がまるで忠等の奥さんかのようにぺこりと頭を下げた。
 少し目元に涙を浮かべた彼女は、それを隠すように回れ右をして、ハイヒールの音を高く鳴らして歩き去っていった。宏紀が彼女を見送る忠等にそっと寄り添う。

「強くなってくれるといいね、彼女」

「そうだな」

 答えて、忠等はその肩を抱き寄せ、会議室に続く戸に手をのばした。





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