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「確かに、男女のノーマルな恋愛以外は信じられない人から見れば、かなり俺たちは異常かも知れません。でも、こういう恋愛している俺たちだって、悩まなかったわけじゃないんです。遊びでやってる恋愛ならともかく、男同士で十年以上も一緒にやってくることなんて、そう簡単にできることじゃない。ノーマルな人以上に問題は山積してるんです。
 それでも、俺たちは離れることができなかったから、だからこうやって世間の人とも戦おうとしてるし、実際戦ってる。それに対して、ただ同性愛は異常だっていうだけで攻撃対象にするのって、あさはかだと思いませんか?
 ええと、仮の名前、春美さんでしたっけ? 貴女にも言いたい。
 見合いの席で断ったときには受け入れてくれたのに、どうして俺の恋人が男だと知ったときにいきなり態度を変えてしまったんですか? ノーマルじゃないということは、そんなにいけないことですか。世間体だけで人間恋愛ができるものなんですか。
 そんなことができるなら、俺とこいつだって清い友情で終われたはずだ。でも、恋愛って、理性じゃどうにもならないんです。そもそも、理性でどうにかなる恋愛なんて恋愛じゃない。
 更正しろなんて言われなくても、俺は心は十分ノーマルですよ。ただ、好きになった相手が男だっただけなんだ。そのことに対して、とやかく言われたくない。いや、言われたって、自分でもどうにもできやしないんだよ」

 長い長い台詞の途中、人の発言に口を挟むのが得意なこのパネラーたちが、一言も声を出さなかった。言いたいことをとりあえず言って、忠等は口を閉ざす。

 しばらくしんとしていて、やがて司会の女性が言う。

『春美さん。あなた、諦めるしかないわ。この彼氏の言葉にはしっかりと筋が通ってるし、彼氏はあなたに振り向くことはないと思う』

『そうね。少なくともあと数年は、この彼氏の意志は揺らがないわね』

『数年なんて。一生貫いてほしいわあ』

『若いのに、そこまで言えるってのは、立派だよ。尊敬に値するね。男でも女でも、こんなに恋愛に真剣になれる人ってそういないんじゃないか?』

『私は自分が恥ずかしいですよ、彼の前にいると。今までたくさんの相談者を見てきましたけど、彼ほどの人はたぶん、相談には来ないでしょうね。今回は春美さんの前回の相談の抗議って形ですし』

『そこの彼も、こんなすばらしい人に思われてて、幸せね』

「え、あ、でも。俺がこんなふうに言えるようになったのは、昔からずっとこいつに教えられてきたからで、半分くらい俺の言葉じゃないし」

 あまりにも誉められるので恥ずかしくなったか、忠等が顔を少し赤らめて宏紀に助けを求めるように目を向ける。くすくすと宏紀は楽しそうに笑っていた。

「お互いに支えあってるから出てくる言葉、だよね」

「……何よ、口先に誤魔化されて。所詮ホモじゃない」

 スタジオ全体がホモカップルに好意的な雰囲気になりはじめると、清美だけが不機嫌そうにぶすっとした顔になった。ただ呟いただけだったその声が、不思議とスタジオ全体に通ってしまう。
 また、しんと静まってしまった。居心地の悪い空気が漂う。

「その程度の論理武装で誤魔化されるなんて、信じられない。今までこんな人たちにみんなだまされてきたのね。馬鹿みたい」

『馬鹿はあなたよ、春美さん。論理武装なんて、しているわけないじゃない。もししていたとしても、あれだけ長々としゃべっていればボロが出るわよ』

『あなた、自分で<所詮ホモ>なんて言う相手と結婚したいの? あなたにとって結婚ってなんですか?』

 清美の二倍は生きている女性たちに言われて、それでも彼女は聞く耳を持つ気はないらしく、ぷいっと外方を向いてしまう。こっちを見なさい、と叱られて、清美もまた言い返した。

「あんたに命令されるいわれはないわよっ」

『じゃあ、なんで相談に来たの。私たちは、あなたが相談に来たから、答えを出そうと話し合ってるのよ。違いますか?』

 逆ギレされたときの対応が、さすが大物と呼ばれる人たちだ。しっかり落ち着いている。

『あなたは結局、自分の満足のためにこの番組を利用したということね』

「……利用だなんて。私はただ、婚約者が男の人にたぶらかされてるから、正しい道に導いてさしあげようと思って」

『まだそんな嘘を……』

「まるっきり嘘じゃないですよ」

 パネラーの一人に責められかけていた清美に助け船を出したのは、なんと清美の主観で恋敵になっているはずの宏紀だった。忠等も驚いて恋人を見つめる。

「婚約者、という一点については、そんな事実はないので嘘ですけど。正しい道に導いてあげようと思ったのは、本当だと思います。彼女だって、別に根っからの悪人じゃないですから。その手段をちょっと間違えただけでしょ。あんまり責めないであげてください。
 なんて、俺が言うと嫌味にしか聞こえないかもしれないですけど」

 ね、と忠等の向こうにいる清美の顔を覗き込む。清美はばつが悪そうに外方を向いた。顔を背けている清美に、宏紀はめげずに声をかける。お互いに初めて会った人だから、今まで言う機会がなかった分、今全部言ってしまおうと思っていた。

「自分の変な恋愛を正当化してるだけかもしれないけど、男だとか女だとかって、身体の性別だけのことだと思うんです。もちろん、子供が作れる作れないってところもあるけど、でも、恋愛する心自体は男も女も同じでしょう?
 もし、仮に俺が女だったら、あなたは同じことをしましたか? もちろん、そんなことはありえないけど、考えてみてもらえませんか。もしも俺が女性で、彼とは結婚の約束もしていて、でも上司にどうしてもと頼まれて仕方なく彼はあなたと見合いをしたとしたら、って。
 俺たちはそう考えてるし、そういう事情があったから、彼は貴女に心をこめてお断わりしたと思うんです。俺がその場にいたわけじゃないから、どうやって断ったのかは俺は知りません。でも、彼のことだから、誠心誠意心をこめて、頭を下げていたと思うんです。それが、ちゃんと貴女に伝わったと思っていたんですけど。
 貴女が彼のことを婚約者だと言い張りだしたとき、俺たちが何も言わなかったのは、貴女のそう意地になる気持ちもわかるからなんです。俺たちは、ノーマルじゃない恋愛をしているから、普通の人からみたら、あの人は良くてどうして世間的にもノーマルな自分ではいけないんだ、って、思われて当然だと思ってるから。
 でもね、正直な気持ちで貴女に接していたら、いつかわかってもらえると信じてた。わかってもらえなかったのは残念だけど、だからといって俺たちは貴女を責める気は全然ないし、普通に生活していればこんな同性愛の世界に触れることもなかっただろうから、申し訳ないと思ってる。
 だからもう、これ以上ごちゃごちゃするの、やめませんか? お互いにブルーな気持ちになるだけだから」

「見合い、受けちゃってごめんなさい。最初から見合いなんてしなかったら、こんなことにはならなかったんですけど。貴女には本当にひどいことをしました。許してはもらえないかもしれないけど、この通り謝ります。
 だから、もうお互いに干渉するのはやめましょう。まだ貴女は若いんですから。俺なんかに引っ掛かってないで、新しい恋、見つけてください。応援してますから」

 改めて深々と頭を下げた忠等は、顔をあげて優しく笑ってみせた。宏紀はその向こうから、清美を真っすぐに見つめている。二人ともその眼差しは真剣そのもので、同情とか哀れみとか優越感とか、他の感情が入る隙間はなかった。
 逆に見つめられる清美の方が恥ずかしくてその目を見返せない。今までの自分の行為が、いまさらながらに恥ずかしくなったのか、顔を耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった。

 と、スタジオの隅の方から手を叩く音が聞こえてきた。その音はまわりにどんどん広がり、スタジオ全体に行き渡っていく。パネラーの大物芸能人たちも全員が手を叩いていた。大きな拍手はしばらく止む気配を見せなかった。

 拍手の中、逃げるように清美はスタジオを飛び出していき、宏紀と忠等は何故拍手が起こったのか理解できずに顔を見合わせたが、やがて苦笑いを浮かべた。





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