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『……ということで、今回は特別に、前回の相談者に婚約者の方と一緒に来ていただきました。どうぞお入りください』

 テレビで見ている分には自動で動いているように見える舞台装置の扉が、スタッフの手動で開けられる。控え室に現われたときから一言もしゃべらなかった清美と忠等が、そこから現われた。モニターにはモザイクをかけられた状態で映っている。
 音をたてないように宏紀がスタジオに滑り込んだとき、ちょうどそんな場面であった。宏紀はきょろきょろとまわりを見回し、手の空いていそうなスタッフを探す。

『相談者は前回もご出演くださった遠野春美さん、二十一才の家事見習いの方と、片瀬忠さん、二十四才の公務員の方です』

 アシスタントの女性が相談者の紹介をする。番組と同じ進行をしていた。へえ、と宏紀は感心してそれを見ていた。見事に傍観者を決め込んでいる。歩き回ると、そこに松浦の姿を見つけた。驚かさないように肩を叩く。

「すみません、仕事で電話してまして」

「あ、土方さん。すぐわかりました? いや、無駄話している場合ではないですね。こちらへどうぞ。あなたにカメラを向けることはないと思いますが、一応セットの側にいてください」

 松浦が、声を潜めた宏紀につられて声を潜め、こちらです、と促す。宏紀はそれについて行った。カメラの前では話が始まっている。

 大物タレントの男女が司会者として中央に立っており、そのまわりに椅子が並んでいて芸能界の割と有名人がたくさん陣取っている。一応、年配の芸能人を中心に集めているようだ。
 中には、テレビではこの番組以外で見たことがないという人もいる。もちろん、仕事がテレビに映らないだけなのだろうが。

『あの、片瀬さんでしたっけ、あなたにお聞きしたいんですけどね。その男性とお付き合いをはじめたのと、彼女と婚約をしたのと、どちらが先なんですか、本当のところ』

『どっちが先とか、そういう問題じゃ……』

 忠等が口を開くより先に、他のパネラーがつっこむ。答えるタイミングを逸して、忠等は思わず苦笑してしまった。パネラー同士で、突然また、前回の放送のように同性愛について論議が始まってしまう。
 司会が大声を張り上げて、その口論にもなりかけている論議を中断させ、忠等に発言する時間を与えてくれた。思わず宏紀も笑ってしまう。

「どっちが、と言われても、彼女と婚約した覚えは、俺にはないですから。先に出会ったのは彼氏とが先ですし、付き合いはじめたのも彼女に出会う前です」

『では、先程のVTRで紹介されたファックスの内容が事実だということですね?』

「はい。もちろんです」

 あまりにも忠等の答えが自信たっぷりで、パネラー全員が疑う余地を持たなかったらしい。
 しかし、忠等も清美も自信たっぷりに断言している内容が、まったく正反対であるところが問題だった。忠等は事実に基づいて、見合いの時に断ったと言っているのだが、証拠がない。清美は婚約したといっているのだが、忠等の両親とは一度も会ったことがなく、しかしこの場で証明することは不可能だ。結局、パネラーがどちらの言葉を信じるかに結論は委ねられる。

『聞きたいんですけど、片瀬さんは自分の今の恋愛についてどう思ってます?』

「自分のというのは、彼氏とのことですか?」

 比較的若い女性に尋ねられて、忠等は問い返した。そう、とその人が頷く。忠等は、いつのまに宏紀に気づいたのか、ちらりと一瞬目を向けて、それから答えた。

「普通の恋愛じゃないことは自覚してます。でも、俺はどうしても、彼氏が側にいてくれないと駄目ですから、理屈では何ともできないんで、他人に更正を勧められても無理ですね」

『側にいないと駄目ってあんた、そりゃ、相手に依存しすぎじゃないのか』

「ええ、かなり依存してると思います。でも、彼氏の方も俺が側にいないと駄目だって言ってくれてるんで、それはそれでいいんじゃないかと。かたっぽだけの依存じゃ、相手を縛り付けるだけですけど、どっちもその状態なんで」

『それって、あなたの自意識過剰じゃない?あなたがあまりに依存しているから、情が移ってそう言っているだけなんじゃないかしら。どちらも同じ気持ちなんて、ありえるわけないんだから』

「同じ気持ちなんて、言ってませんよ。俺が彼を思う気持ちと、彼が俺を思ってくれる気持ちは、少し違うものだと思いますし、まったく同じ気持ちなんて、気持ち悪いじゃないですか。それと、俺の彼氏に対する依存より、彼氏の俺に対する依存の方が強いんですけど」

 ねえ、と忠等が宏紀を見るので、カメラもそちらを追いかけてきた。宏紀は一瞬驚いて忠等を見つめたが、すぐにくすっと笑って頷いた。
 そこにいる全員が宏紀に注目してしまったので、宏紀も舞台に上がらざるをえなくなる。スタッフによって椅子がもう一つ追加された。

『あなたが片瀬さんの彼氏?』

「はい。仮にAと呼んでください」

 自己紹介で仮にと名乗ったら、そこに笑いが起こった。宏紀はその隙に一瞬忠等を軽くにらんで、すぐに笑顔に戻す。別に怒られたわけではないのはわかっているので、忠等は別に気にもしなかった。

『さっき彼がね、あなたの方が彼に対する依存が強いって言ったんだけど、本当にそう?』

「ええ、そうですね。彼を縛ってるんじゃないかって、自分でも思うんですけど、必要のない自己犠牲払うのも馬鹿馬鹿しいかなと思って。俺、たぶん、彼に捨てられたら生きてないと思うし」

『生きてないって、あなたも大袈裟な人ねえ。大袈裟な人同士で馬があってるんじゃない?』

 どうやら皮肉らしい。言われて、軽く宏紀は肩をすくめ、左手首の時計をおもむろに外す。いい?と忠等に確かめて了解を得、そこにある傷跡を全員に見えるように差し出した。

「これ、昔一度この彼氏と引き裂かれたときに作った傷です。この時は、まだ彼氏の気持ちが俺に向いてるかもしれないって希望があったから傷ですみましたけど、捨てられたら俺、自分の命に責任持てません。これでも、大袈裟って言えます?」

 宏紀の左手首の傷は、幅が約二センチもある。いくつもいくつも傷を作ったので一つの傷に見えてしまうくらいだった。腕時計程度じゃ隠しきれない幅だ。司会のいる遠い位置からでも見えるらしく、その場がしんと静まり返った。その静まったところに、忠等が一石投じる。





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