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 テレビ局本社ビル前に立って、忠等は自分の腕時計を確かめた。約束の時間の十分前を示している。約束している場所は、本社ビル三階の三−二会議室というところだ。ビルの中に足を踏み入れると、何だか外界とは雰囲気が違って圧倒される。あちこちに忙しそうに歩き回る人の姿が見えた。

「あ、間中千晴だ。すごい、さすがテレビ局。本物がいるよ」

「……お前、ファンだっけ?」

「うーん。好きな人の一人、ってとこかな。演技、うまいじゃん、声優なのに」

「そのへんは否定はしない」

 行くぞ、と宏紀の手を引いてエレベーターホールへ向かう。エスコートをしてもらうことにしたのか、宏紀は黙って忠等についていった。

 三階に上がると、目の前に会議室の扉が二つあった。片方に三−二会議室とある。迷うまでもなく着いてしまったらしい。戸には鍵がかかっていて、どうやら部屋の前で待つしかなさそうだった。

「あ、携帯の着信音、切っとかなくちゃ」

「電源消しちまえば?」

「だめ。今日、編集さんから電話かかってくる予定なんだ。折り返しかけられるようにしとかなくちゃ」

 時間までにかかってくるかと思ってたんだけどね。そう言って困ったように宏紀は笑った。どうも一般人丸出しにしている宏紀を見ていて、やっと心に余裕ができた忠等は、くすくすと笑いだした。
 そういえば、宏紀も一応芸能人ではあるのだ。テレビに出るタイプではないが、小説家なら十分芸能人といえる。芸術家というのが正しい。

 どうして今までインタビューも受けたことがないのか、忠等は不思議で仕方がない。宏紀は新進気鋭の歴史小説作家として、将来を期待されている身分である。売り上げ部数から考えれば、売れているうちに入れるはずだ。まだ文学賞には縁がないが、今年来年あたりにはと噂も出ている。そんな作家に目をつける気配すらないのだから、不思議だった。

 改めてそう思って、忠等はまじまじと恋人を見つめてしまった。小説を書きはじめた動機は、リストカット症候群のリハビリだった。忠等だってそこに無関係ではない。だから、小説を書いていることもあまり深くは考えたことがなかった。
 でも、こうして改めて考えると、宏紀という人間はすごい人なのだ。そんな動機ではじめたもので、世の中に名前を残してしまったのだから。

「ん? どうしたの?」

「いや、宏紀って、本当すごい奴だなあと思って」

「はあ? 何、突然」

 忠等の頭の中などわかるはずもなく、宏紀は不思議そうに首を傾げた。
 その時ちょうど、足音が行き交う中、二人に近づいてくる影があった。男の声がすぐ側で聞こえたおかげで、忠等は自分が思ったことを宏紀に伝える時間を失った。まあ、誤魔化そうと思っていたからかまわないのだが。

「お待たせしました。祝瀬さんと土方さんですね? ディレクターの松浦です」

 どうぞこちらへ、と促して、会議室の鍵を開け、先に入っていく。後に続いた忠等と宏紀は、思ったより広い部屋を見回してしまった。座るように言われて、二人並んでパイプ椅子に腰を下ろす。正面に椅子を引きずってきて、松浦が向かい合って座った。

「ファックス、読ませていただきました。あれは、本当ですか?」

 清美の訴えを信じて番組を制作した者として、今度こそ間違いがあってはいけないと慎重になっているらしい。それがわかるので、忠等も神妙に頷いた。

「少なくとも、彼女と彼女のご両親に見合いの席でお断わりしたのは、事実です。ご両親に確かめていただければわかると思います。彼女が何を思ってそちら様の番組に出演したのかは知りませんが」

「同性愛者であることを、パネラーの方々に知られることになりますが、ご了承いただけますか?」

「はい、そのつもりで来ています」

 そうですか、と答えながら、持ってきた書類に何やら記入する。そして、それを二人の前に差しだした。

「こちらにサインをお願いします。出演契約書のようなものです。住所と、お名前を。もちろん、放送ではお顔にモザイクをかけさせていただきますし、名前も偽名をご用意させていただきます」

「二人とも?」

「はい。お二人とも署名をお願いします」

 言われて、書き終えた忠等がそれを宏紀に回す。宏紀が書いている間に、松浦は自分の仕事をはじめた。書き終わってもしばらくは気づかずに仕事をしていたが、一段落着いたらしく、書類を持って立ち上がった。

「こちらが控え室になりますので、時間までお待ちください。収録は十時三十分からになります。三十分後ですね。こちらにはもう三人いらっしゃる予定ですので、よろしくお願いします」

 頭を下げて、松浦が部屋から出ていった。部屋の中に二人きりで残される。が、すぐにノックの音がして、若い女性が入ってきた。カジュアルな服を着ていて、どうやらADのようだ。手には紙コップを二つ乗せた盆を持っている。それを二人の前に置いて、彼女は何も言うことなく出ていった。ホモカップルってあたりに引っ掛かっているんだろうか。

「他の人、遅いね」

「時間が違うんだろ。それに、俺たちですらあと三十分はあるわけだし。とりあえず、徳永さんにはぎりぎりに来てほしい」

「来るの?」

「たぶんね。同じ失敗を繰り返さないためには、双方呼ぶでしょ、きっと」

 ふーん、とわかったようなわからないような返事をして、宏紀は持ってきてもらった烏龍茶を一口すする。

 テーブルの上にいつのまにか置いてあった宏紀の携帯電話が、突然勝手に動きだした。バイブレーションにしてあったのだ。相手が出版者の名前になっている。

「ちょっとごめん。間に合わなかったら、後からそっと行くからって言っといて」

 はいもしもし、と答えながら、宏紀が部屋から出ていってしまう。忠等はそんな恋人を見送って、何故かくすくすと笑いだした。宏紀と一緒の時だけ、笑い上戸になる忠等である。





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