6




 二人がこんな関係になったのは、お互いに好きだと確かめあう前だった。こんな関係になったからこそ、正直な気持ちを言い合えて、こんなに幸せになれたのだろう。身体から始まる関係は長続きするというのは、何も男女の関係に限ったことではないのだ。
 少なくとも宏紀と忠等の場合では、気持ちよりも身体が先だった。忠等は人の気持ちに優しすぎる人だから、もし一番最初の強姦事件がなかったら、今でもこんな関係にはなっていなかっただろう、とは、宏紀が高校一年生の時に言った台詞だ。他の人にはお勧めできない馴れ初め話だが、この二人にとってはそれが良かったとしか言いようがない。

 気持ちを確かめあってからも、二人の間には色々な困難が立ちふさがった。それこそ、大人でも立ち向かえるかどうかわからない問題がつぎつぎと現われたのである。二人の意志とは無関係に離れなければならなかった四年間は、宏紀の左手首に無数の傷跡を残してしまった。
 それでも、二人は今まで気持ちが離れることなく、数々の問題を乗り越えてきた。だから、今こんな甘い生活を送っていられる。将来だって一生添い遂げる自信がある。きちんと、根拠のある自信なのだ。過去が未来を物語っている。

 当然二人とも常に一緒にいられるとは言いきれない。忠等は大学生だった四年間、京都にいた。これからだって、どこへ単身赴任することになるかわからないし、宏紀だってどこへ行くことになるのかまったくわからない。
 だからこそ、側にいるときはメチャクチャ甘ったるくなる。一緒にいられない間の隙間を埋めるように、可能な限りそばに寄りそう。それが、長続きの秘訣といえば秘訣かもしれなかった。

 忠等の指が宏紀の中に潜り込んだとき、一瞬宏紀の眉間にしわができた。我慢できなくて漏れた声が風呂場の中に反響する。

「んっ……あ、あぁんっ」

 水の中だから聞こえるはずはないのに、くちゅくちゅと聞こえる気がして余計快感が走る。身体が勝手に逃げ出さないように宏紀は湯槽のへりにしがみついた。
 前も後ろも可愛がられて、身体が少しずつ快感をむさぼりはじめる。こうなったら、宏紀の言うことなんて身体は聞いちゃくれない。満たされるまで快感だけを追い続けていく。
 そういう身体に、忠等が作り上げた。本人にその気はなくても、いつのまにかそうされていたのだ。だから、抱かれていると心が安心する。ささくれだっていたとしても、一瞬で治ってしまう。相手が忠等だから、ただその条件さえ満たしてくれれば、あとは何をされても大丈夫。意地悪されたとしても、安心して身を任せていられる。心が落ち着いていく。そして、忠等に愛されている自分に自信が持てるようになる。

「あっ……忠等っ!」

「イっちゃう?」

「イかせないでっ……早く…きて」

 お願い、なんて目の端に涙を浮かべて訴えられたら、あらがう術は忠等にはない。浮力を借りて宏紀の身体を少し浮かせて、自分の上にゆっくり下ろしていく。

「んっ……ああっ……あんっ」

 薄く目を開けて、少しずつ自分の壁を押し広げて入ってくる熱い肉塊を受け入れる。気持ち良さそうなのは眉間にしわが寄っていないのでわかった。痛みを逃がすためか背中を仰け反らせているので、目を開けると忠等が見下ろしているのが見える。そして、その優しい目にまた幸せを感じるのだ。

 額にキスを受けて、身体全体で快感を感じ取る。キュッと忠等を受け入れているところがそれを締め付ける。少し痛かったか、忠等の喉が小さな声を出す。そのすぐ後には幸せな溜息にかわった。

「愛してるよ」

 入浴剤で白く濁る湯が大きく波をたてていく。身体を揺すられて、宏紀のあえぐ声が大きくなった。言葉にならない言葉が交じる。

「あ、ああっ……いっ…ああああっ」

「宏紀……っ」

 ぎゅっと力強く宏紀を抱き締めて、その最奥に精を放つ。それを促すように忠等のものを締めつけながら、宏紀も欲望を解き放っていた。動きが止まった二人の身体に浴槽に起きていた波が叩きつけられる。波に身を任せて二人ともふわふわと揺れていた。




 ねえ、と呼びかけられて、腕枕の上の顔を忠等は覗き込む。豆電球だけがついた薄暗い部屋の中で、宏紀はじっと恋人を見上げていた。

「俺たち、いつまでこうしていられるんだろうね」

「……そりゃ、お前に好きな女ができるまでさ。俺には宏紀以外ありえないからな」

 はっきり断言して、くすっと忠等が笑う。

「俺はまだ、弟に殺されたくはないぞ。お前を手放したりしたら、あの二人にぼこぼこにされる」

「それが恐いだけ?」

「まさか。宏紀を愛してるからさ」

 布団の中に腕枕と反対の手をのばして、宏紀の左手をつかみだす。そして、きょとんと見つめている宏紀の目に見せつけるように、その手首に口づけた。いつもしている行為なのに、まだ慣れないようで、びくっと身体が震えた。くすくすと忠等は笑う。

「この傷が、俺の自信だ。お前に愛されてるっていう」

「傷物にした責任、でしょ」

「俺の責任は、お前の身体が俺なしじゃいられなくなったことにだけあるんだ。こいつは俺の宝物なの」

「すごい自信」

「事実だろ?」

 その自信はどこから来るんだろ、なんて言いながら宏紀はくすくす笑いだす。頭を撫でて、忠等も笑った。忠等にすがりついて甘えていた宏紀が、しばらくして顔をあげる。

「そういえば。テレビ局から電話あったよ。昨日の件で、明後日、出演してくれないかって。明後日が録画の日なんだって」

「いつの電話?」

「昼間かな。留守電に入ってた。まだ消してないから、聞く?」

「いや、いいけど。明後日か」

 ちらりとカレンダーを見やる。何も印がない、日曜日だ。日曜日は家族揃って食料買い出しの日なのだが。まあ、仕方あるまい。

「返事はどうやって?」

「明日十時までに電話してって。行くの?」

「お前も一緒」

「……俺も? 関係なくない?」

 そんなことはない、と忠等は首を振った。仲のいい様を見せつけるのも、かなりの説得力になる。それに、忠等の気分的に、宏紀が側にいれば心強いのだ。昔から、二才年上の忠等よりも賢くてしっかりしていた宏紀である。もしかしたら、忠等を弁護してくれるかもしれない。

「そばにいるだけでいいよ」

「いや、別にかまわないけど。じゃ、二人で行くって返事しちゃっていいんだね?」

「ああ。で、明日は仕事あるのか?」

「うん。二人とも尾行にいっちゃうから、別件のインターネット検索と留守番任されてる」

 土日は毎週、貢と高宏の仕事の手伝いをする二人である。貢は探偵事務所を開き、高宏はスポンサーを見つけてきて犯罪心理研究所を開いていた。私立探偵の地位が低いこの日本では、こうして二本立てでもしないと食べていけないためだ。

 二人とも、去年までは警視庁で警視の地位についていた。それ以上の出世はなさそうだと判断したのか、二人揃って退職して、退職金で今の事務所を開いたのだ。
 元警察官という肩書きは探偵としても宣伝になったようで、今ではどちらの経営も軌道に乗っている。人材不足で一度に二件しか請け負えないのだが、それでも噂を聞きつけて依頼人は絶えない。

 その仕事の手伝いを毎週二日だけしているのがこの二人だった。他の人をこの愛の巣に入れたくないというのが本音だったが。

「……俺、仕事辞めることになったら、事務所手伝わせてもらおうかな」

「何気弱なこと言ってんの。らしくないよ」

 くすくすと笑って、宏紀はただそう言う。元気づけるでもなく、背中を押すでもなく、それでも、しっかり見守っているのがわかる。
 信じてくれているのだ。忠等が自分の将来をどう選ぼうと、きっと賛成してくれる。そして、気弱なことを言えば、方向修正の手助けをしてくれる。宏紀は自分から進んで、忠等を助けるために自分の人生を捧げていた。きっとそれは、自分が忠等に支えられて生きているのがわかるから。
 持ちつ持たれつの関係を保とうとして、それなりに心がけて努力しているのである。忠等には自然にそうしているようにしか見えていなくても。

「ね、忠等。もう、寝ちゃう?」

「第二回戦、するか?」

 うん、と嬉しそうに頷いて、宏紀は自分から忠等に覆いかぶさった。ぐいっと引き寄せられて、忠等の上に倒れこむ。全体重をかけられているのに、まったく重そうな素振りも見せず、忠等は目の前のやわらかそうな唇にそっとキスをした。





[ 64/139 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -