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一言も話すことなく、ぎこちなく村越と二人向かい合って酒を飲み交わし、忠等は夜九時を回った頃家に帰ってきた。いつもより二時間だけ遅い帰宅だ。ちょうど風呂上がりだった貢が、玄関先に現われた忠等に早かったねと声をかける。それを聞いて、居間にいた高宏が顔を出した。
「ああ、お帰り、忠等くん。宏紀くーん。旦那さんのお帰りだよー」
『はーい』
二階から返事が返ってきた。部屋にいるようだ。お風呂先に入ってきちゃいなよ、と高宏が勧めた。忠等の疲れたような顔に、少し気の毒そうに笑う。階段を下りてくる音がして、宏紀の姿が見えた。
「お帰り。お風呂、先に入っておいで。お茶漬けでいいでしょ? それとも、飲み直す?」
「風呂、一緒に入らないか?」
もうパジャマ姿になっている宏紀に、珍しく忠等からそう誘った。一度風呂に入っているのは一目瞭然だが、甘えたい気分らしいと察して、宏紀は頷く。
「じゃあ、部屋行ってパジャマ取っておいで。先に風呂行ってる」
「ん」
すれ違いざまキスをして、忠等は二階へあがっていった。見送って、宏紀は首を傾げる。
「何かあったんだなあ。あんな辛そうな顔、久しぶり」
「大学入試以来か?」
「いや、そこまで久しぶりじゃないと思うけど」
貢が息子の隣に立ってそう言い、宏紀は首を傾げた。それは、ちょうど貢や高宏と同居しはじめた頃の話で、その頃からずっと若い二人の関係を見守っている年長組は、まるで本当の親のように二人のことを気にしていた。ただ大人としてではなく、同じように同性愛に苦しむ者として、人生の先輩として、家族愛の元に見守っているのだ。だから、若い二人も何だかんだ言って年長組を頼りにしている。
「なあ、宏紀。一つ聞いていいか?」
「ん。なあに?」
「……お前、忠等くんがお前よりも好きな女の人を見つけたら、どうするんだ?」
「身を引く。忠等の幸せが最優先だもの。でも、そうなったら、側にいて俺の心助けてね、お父さん」
自分の心が平静でいられる自信はないから、そう言って辛そうに笑った。即答できてしまうということは、もしそうなったらとはずっと考えていたということだ。今の状況は、そうなる可能性がある状況だから。ありえないと信じてはいるが。
「父さんこそ、高宏さんにもし好きな女の人ができたらどうするの?」
「この年でか?」
「恋に年齢は関係ないでしょ」
「……そうだな、まずは高宏の気持ちを縛り付けようとするだろうな。それで駄目なら、身を引くさ。男同士なんて、拘束する力ゼロなんだ」
「高宏さんは?」
「以下同文。男女の恋愛には勝てないよ、ホモでもレズでもね。でも、それは両思いの場合に限るけど」
え? 何か意味深な口調だったのに気づいた宏紀は、高宏を振り返った。貢も恋人を振り返る。親子揃って不思議そうな顔をしたのがおかしかったのか、高宏はくすっと笑った。
「今回に限っては、身を引く必要ないよ、宏紀くん。ちゃんと忠等くんの手綱を握っててあげなさい。相手の女性に忠等くんが引きずられていかないように」
「そうだな。忠等くんの本心はちゃんとお前を見てるんだから、お前は自分が身を引くことなんて考えてないで、力一杯引っ張っててやんな。それが、忠等くんの力にもなるはずだから」
ん、わかってる、と宏紀は頷いてみせた。本当は少し自信を無くしかけていた宏紀だ。自己顕示欲が弱いのは、友人たちをはじめ周りの人みんなが認めるところであり、心配しているところである。二人の言葉に勇気づけられていた。もしこう言ってもらえなかったら、もしかしたら諦めていたかもしれない。
「さて、お風呂いってこよ。先に寝てたら?二人とも。これからは若者の時間だよ」
「生意気言うな」
しっしっと手を振る貢に苦笑を返して、宏紀は風呂場へ入っていった。階段を忠等が下りてくる。居間で見る人もいないまま付けっぱなしになっていたテレビを消して、高宏も廊下に出てきた。忠等とすれ違いざま、高宏が言う。
「宏紀くんを泣かせたら、怒るからね」
はっと振り返る忠等に、お休みといって年長組は仲良く階段を上っていった。言葉も返せずに見送った忠等は、ただお休みなさいと言う。
風呂場に入ると、宏紀が湯槽に浸かって気持ち良さそうに目を閉じていた。シャワーを出して、忠等が話しかける。
「さっき、高宏さんに言われちゃったよ」
「ん? なんて?」
「宏紀を泣かせたら怒るから、ってさ」
目を閉じたままだった宏紀が、ゆっくり目を開けて忠等を見つめた。そして、ゆったりと微笑む。普通の家より少し広めの風呂場に、湯気が充満していて、余計宏紀の表情がきれいに見えた。
「父さんは、何も言わなかった?」
「ああ、何にも。高宏さんにそう言われると、なまじいつも黙って見守っていてくれる人だから、恐いな」
「じゃ、怒らせないようにしなくちゃね」
身体洗ってあげる、といって宏紀が湯槽から出てくる。少し痩せ気味でもきちんとつくべきところには筋肉がついている、そのすっきりした身体は、男そのものだ。忠等も清美のような美女の横において見劣りしない好青年で、どう見たって男同士で。
それでもこの二人の場合は、二人の共通の友人でしかもその関係も知っている人々に言わせれば、どんなカップルよりも似合いのカップルだという。同性愛に必ずしも好意的であったとは言えない人たちにそう言わせるのだから、よほどしっくりいっているのだろう。男同士という何よりも大事な部分で、気にならないのだから。
髪を洗っている間に身体を洗ってしまおうという作戦のようで、宏紀が泡でぶくぶくにしたタオルで髪を洗っている忠等の背中をこすりだす。背中から全部洗ってしまう宏紀の手際は見事の一言だ。最後に髪を洗っていた腕をこすって、シャワーで全身の泡を一気に洗い落とした。まずシャンプーを洗い流すのを手伝ってシャワーを忠等に引き渡し、自分は洗面器で湯槽の湯を汲んでタオルの泡を流している。
その宏紀に、自分の身体を一通り洗い流した忠等が手をのばした。突然背中から抱きついて、すっかり乾いたままの宏紀の髪に口づける。
「ちょっと、もう。いたずらしないの。びっくりするでしょ」
「じゃあ、本気だったらいい?」
こんなことしてみたり、なんて耳元にささやいて、大事なところを手の中におさめる。触れられた瞬間、電気が走ったかのように身体がぶるっと震えた。
「だめ。こんなとこじゃ、風邪ひいちゃう。すぐ終わるから、お湯に浸かってて」
風呂場という場所自体は、嫌ではないらしい。それどころか、湯槽の中でならと誘ってすらいる。忠等は言われたとおりに湯に浸かった。へりに手をかけて、宏紀の手元を覗き込む。
「今日さ、課長に俺の恋人が男だってバレちゃった」
「それで、落ち込んでたの?」
「ん。今の職場、気に入ってるから。課長に気持ち悪いって思われたら、アウトだろ? かなりブルー入ってる」
「覚悟して行ったんじゃない。なるようになるって」
「なるようにしかならない、さ、この場合」
そりゃそうだ、と頷いて、洗面器の湯を流し、宏紀も湯槽に入ってくる。
男が二人入ってもゆったりしている風呂は、この家の家族全員が気にいっている場所だ。風呂場でいちゃつくかどうかは別として、二組とも二日に一回は一緒に風呂に入る仲である。しかも、血はつながっていないくせに、土方親子は二人して風呂好きだったりするのだ。好評なわけである。
忠等の胸に背中を預けて、宏紀はそっと目を閉じた。忠等の手が宏紀の胸を抱き寄せる。
「愛してるよ、宏紀」
「ん。俺も」
身体を仰け反るようにして忠等を見上げた宏紀にキスをして、忠等はまた宏紀の大事なものを両手で優しく包み込む。んっと息を詰めて、小さく肩を揺らした。
揉みしだかれて、すぐに大きく張り詰める。意地悪されたお返しなのか、気持ち良くしてもらったお返しなのか、宏紀も忠等のものに手をのばした。もうとっくに張り詰めているのを触って、くすくすと嬉しそうに笑う。
「入れても、いい?」
「マッサージしてから。いきなりじゃ痛いよ」
「了解」
答えて、すぐそばにある宏紀の耳を甘噛みする。宏紀が気持ち良さそうに溜息をついた。
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