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「昨日、テレビに彼女が出ていたんですよ。ねえ、清美さん。人の秘密まで電波に流して、名誉毀損で訴えられたいんですか、貴女は」

「名誉って……気になるなら人に後ろ指さされるようなことをなさらなければよろしいでしょう」

「何も法律で罰せられることはしてませんし、誰だって一つくらい他人に知られたくない秘密を持っているものでしょう。大体、そんな世間体なんかで押さえられる気持ちなら、誰も困ったりしないし、秘密にすることもないでしょうが」

「じゃあ、後ろ指さされる行為だということは認めるんですわね?」

「だから秘密にしているんでしょう。他人の秘密を暴くことを名誉毀損って言うんです。本当に訴えられたいんですか。別に俺はかまわないんですよ」

 また口喧嘩をはじめてしまう二人に、村越はおろおろするばかりだ。清美はというと、もう開き直ってしまったらしい。激しい口調で忠等の恋の異常さを責め立てはじめる。
 忠等は、最初は落ち着いていたものの、まくしたてる清美に次第に腹が立ってきていた。もともと短気な性格で、宏紀がそばにいることで落ち着いていたのだ。一人では、今かぶっている何重もの猫が剥がれ落ちてしまう。

「だいたい、男を好きになってどうするんですか。まったく、不毛な。男同士では何も生まれないでしょう。結婚だってできないし、子供なんてできっこないし、一生後ろ指さされながら生きていくんですか。そんな関係、いつか嫌になるに決まってるでしょう。男ならちゃんと考えなさいよ」

「それなら、貴女はこの人に恋をしようと考えて恋をするんですか? 自分の心を思ったとおりにできるんですか? 俺は、たまたま好きになった相手が男だっただけで、別に彼を好きになろうと思ったわけじゃないし、ましてや男が好きだったわけじゃないんだ。貴女にとやかく言われる筋合いはないはずだ」

「何を、無責任な言い訳してるのよ。そんなの、気のせいに決まってるでしょ。男が男を恋愛対象にするわけないじゃない」

「どうしてそう言い切れるんです? 根拠はいったい何ですか。いや、むしろ、貴女は恋ってやつを本当にしたことがあるんですか?」

「あるわよっ」

 売り言葉に買い言葉で、清美が叫ぶ。しかし、その先が続いてこない。あまりに壮絶な口喧嘩で、それでも一応二人とも声を押さえていたため、聞いていたのは村越ただ一人だったらしく、村越はただ呆然と二人を見つめていた。忠等は腕を組んだままぴくりとも動かずしゃべっていて、それが逆に威圧感があって不気味だ。

 そのテーブルだけ不自然にしんとしてしまって、注文を取りにきた店員が恐る恐る声をかけた。忠等が適当に応対して立ち去らせる。

 やがて、村越が言う。

「今の話だと、祝瀬君が同性愛者だということになるが、そうなのか?」

「ええ、世間的には、そうですよ。別に男が好きなわけじゃないですけど、今の恋人は男ですからね」

「おかしいですわよねえ、そんなの」

 賛同を求めて、清美が村越にすがりつくように言う。他人の色恋に口出しすべきではないと考えたのか、いや、ええと、と答えを避けようとする村越に、くすっと笑ったのは忠等だった。

「賛同していいんですよ、課長。俺だって、おかしいことは承知してますから。でも、自分の心に嘘はつけませんし、嘘をついて身の破滅を招いた人を知ってますからそのつもりもないですし。それだけのことです」

 だから、お見合いもちゃんと断ったじゃないですか、と責めるでもなく忠等は過去を確認してみせる。そして、にっこり微笑んだ。
 心に余裕がなければ見せられない笑みに、村越はやはり頭を悩ませてしまう。常識で考えても倫理面で考えても清美の言い分が正しい。しかし、恋愛の自由と基本的人権の尊重を考えれば、忠等の言い分も間違っているわけではない。
 しかも、世間体の悪い恋愛をしている方はすっかり落ち着いていて、逆にそれを問い詰めている方が感情的になってしまっているのだ。感情論だから仕方がないといえばその通りだが、それにしたってこの状況は、清美に不利だった。

 感情の高ぶりからか、村越が悩んでしまったのを見て、清美が泣きだしてしまった。

「私、間違ってません。相談に乗ってくださった皆さんも、忠等さんを更正させてあげてくださいって、私を応援してくださったもの。忠等さん、あなたが間違ってるんですわ。一時の気の迷いで一生のことを決めてしまっていいんですか。きっと、後悔なさいますわ」

「いや、って言うか、どうして一時の気の迷いだなんて言い切れるんですか? ずっと不思議だったんですけど。それと、まさかとは思いますけど、俺たちが男同士であることに一度も悩んだことがないとでもお思いですか。ロミオとジュリエットどころじゃないですよ、同性っていう壁の厚さは。それ、考えたことがありますか?」

 今までよりは優しい声だったが、それでも泣いてしまったことに気を使った以上の情は感じられない。忠等にそう言われて、うつむいていた清美は顔をあげた。困ったように忠等は笑っている。

「一時って定義にもよりますが、少なくとも十年以上の時を一時とは言わないでしょう?俺たちは一生添い遂げる覚悟で毎日を暮らしています。ですから、土足で踏み込んでこないで欲しいし、女の人と結婚しろといわれても不可能なんです。わかっていただけたら嬉しいんですけど」

 ごめんなさい、と見合いの日に謝ったときと同じ口調で、頭を下げる。その時はあっさり引き下がった清美は、今、悔しそうに唇を噛み締めていた。

「許さない。そんなの、絶対に許しません。あなたを、私の手で更正させてみせる。諦めませんから」

 突然、がたんと椅子の音をさせて立ち上がり、店から飛びだしていく。忠等も村越も、何もできずただ彼女を見送る。注文された品を持って、店員が困ったようにそこにつっ立っていた。





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