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 地方公務員だろうが、国家公務員だろうが、デスクワークは基本的に五時で終わる。まだまだ二年目の新人では夜勤に組み込まれることはないらしく、五時のチャイムを聞いて忠等は机の上の仕事用具を片付けはじめた。
 とはいえ、仕事の早い忠等のこと、同期の友人の仕事も手伝って十五分前には終わっていたりする。このあたりが、見合い相手を捜していた上司の目に留まった要因なのだろう。

 荷物を片付けている忠等を見つけて、隣に座っている同期の男がキャスター付きの椅子ごと近付く。手には数枚の紙。

「祝瀬ー。暇そうだな、お前」

「自分の仕事は終わったぞ。何だよ、また始末書書かされてんのか」

「俺の専門は地面なんだよ。お前みたいなお天気馬鹿じゃねえんだから」

「馬鹿は余計だ、馬鹿は」

 急がないとこの広い部屋に一人きりになっちまうぞ、と言って友人の肩を叩き、忠等はカバンを手に立ち上がる。薄っぺらいカバンの中身はMDプレイヤーと筆入れと三十センチ定規と天気図が数枚のみだ。
 天気図は毎日家に持ち帰り、予報士としての勉強に役立てている。この勉強のために気象庁に就職したといっても過言ではない。そのくらいには忠等はお天気馬鹿だ。

 立ち上がった忠等の肩を叩いた手があった。この課の課長、村越である。

「何か話があるそうじゃないかね、祝瀬君。いよいよ式の段取りかな?」

「は? 何のお話でしょう?」

 たぶん昨夜の電話のことだろうが、忠等はやはりとぼける。何しろ、この課長と会う約束をしていると、聞かされたのはそれだけなのだ。清美が村越に何を言っているのか、忠等にはわからない。会う約束をしたといっても、その約束をされたときの二人の会話がどんなものだったのか、忠等には知る術すらないのだ。
 直接の部下である忠等よりも、清美の方が村越と話す回数が多く、その分村越も清美の言葉を全面的に信用していた。したがって、村越はこの二人が婚約者であると信じて疑わない。

「あの、村越課長……」

「さあ、行こうか、祝瀬君。未来の奥さんが待っているよ」

 ばしっと背中を叩いて、村越は笑う。本人は力付けるつもりでいるらしい。忠等に話しかけられていることにも気づいていない。先に立って行ってしまう村越を、行き先もわからない忠等は、ただ追いかけるしかなかった。
 事情を知っている先程の同期の友人だけが、気の毒そうな目で忠等を見送った。事情を知っているとは言っても、その恋人が男だとは知らないわけだが。

 村越にしたがって着いた場所は、新橋にある比較的高級な居酒屋だった。忠等と清美が村越を呼びだした形になっているということは、この支払いはおそらく忠等持ちだ。思わず自分の財布の中身を頭の中で確認してしまう忠等だった。

「突然御呼び立てして、申し訳ありませんでした。どうぞおすわりください」

 迎えた清美が深く頭を下げ、二人に席を勧める。当然のように忠等の席は清美の隣だ。横に並ぶ二人が、なまじ美男美女なせいで、余計なんだか似合いのカップルに見えるらしい。他人事のはずなのに、村越は嬉しそうに頷く。

「お見合いの時は祝瀬君のご両親はいらっしゃれなかったけど、それから、ご挨拶はしたのかい?」

「ええ、もちろんですわ。ご両親ともとても喜んでくださって」

「おや、いつのまにお会いになったんです?」

 あっさりと嘘をつく清美に、思わず忠等は嫌味たっぷりに言ってしまった。もちろん、この言葉は清美の発言が嘘であることを証言している。忠等の反応に初めて刺を感じた村越は、驚いたようで二人を見比べた。清美も、忠等にこんなきつい嫌味を言われたのは初めてで、驚いている。一晩かけて恋人に落ち着かせてもらった忠等は、冷静に二人の視線を受けとめた。

「初めて会った日にも言いましたよね? このお話をお受けすることはできませんって」

「いいえ。そんなこと、初めて聞きましたわ。私、忠等さんに嫌われているのにも気づかないで、一人ではしゃいでいたんですの?」

「嫌ってなんていませんよ。婚約者としては見られませんけど」

 女性としては十分魅力的だと思っています、と真顔で言う。それが真実を語る顔であり、それ以上では決してないことの証だった。一般的に見れば、女性としてはいい線行っている、という意味でしかないのだ。

「お嫌いなら、はっきり嫌いだとおっしゃってください。忠等さんがはっきりしてくださらなくちゃ、諦められません」

「十分はっきりしているでしょう? あなたと結婚はできませんって、ずっと言っているじゃないですか。それとも、あなたは魅力的だと思える異性の友達全員と結婚なさるとでも?」

「……おい、君たち。いったい何の話だ?」

 突然口喧嘩をはじめた二人を呆然と見ていた村越が、遠慮がちに口を挟む。はっとして村越を見たのが清美で、あくまでも落ち着いて見返したのが忠等である。
 つまり、清美は忠等がはじめてみせた態度に驚いて我を忘れ、忠等としては村越の前でこの話をすることで清美が暴走していたことを村越に知らせることが狙いだったのだ。

「祝瀬君は徳永君と結婚する意志はなかったと、そういうことかね?」

「お見合いの時にすでに彼女にはそう言っていますし、その時は彼女も承知してくださいました。彼女のご両親にも、ぼくが直接お断わりしています。それがどうしてこうなってしまうのか、ぼくには理解しがたいのですが」

「しかし、今までもまんざらでもなさそうだったぞ」

「女性に親切にするのは男としての身だしなみのようなものですから。今まではずっと冗談だと思っていましたし、ぼくの意志さえはっきりしていればいずれ諦めてくれるだろうと思っていました。まあ、それも昨日までのことで、テレビまで使われちゃ、こっちとしても黙っちゃいられませんが」

 テレビ?と村越は首を傾げ、悔しげに唇を噛み締めて清美が忠等をにらみつける。にらむということは、清美の忠等に対する思いもその程度ということだ。奥さんににらまれてはたまらない。どうやら結婚しなくて正解らしい。





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