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 土方家の家訓は二つ。立ってるものは親でも使え、自分のものは家族全員のもの。
 したがって、ちょうど電話のすぐそばに座っていた高宏が、突然鳴った電話の受話器を取った。使われる前に自分から動くことが、長い共同生活の中でしみついてしまっているのだ。ちなみに、この家訓を作り出したのは、最年少の宏紀である。

「はい、土方です」

 持って帰ってきていた仕事をテーブルの上に広げはじめた忠等が、ちらりと高宏を見やって手を止める。チャンネルを回していた貢は、テレビを消して恋人を見やった。台所の方からは、宏紀が食器を洗う音が聞こえてくる。

「……はい、おります。少々お待ちください」

 すぐ側に全員いるのに、高宏は保留ボタンを押した。電話機からパッヘルベルのカノンというわりあい有名な音楽が流れだす。振り返った高宏は忠等を見ていた。

「徳永清美さん」

「さっきの彼女か」

 言い換えて確かめた貢を通り越して、コードレスの受話器が忠等の手元にわたる。宏紀にも聞こえたはずだが、動揺した様子もなく食器洗いに専念していた。恋人を信用しているらしい。

 曲が二順目に入ったとき、一つ大きく溜息をついて、忠等は保留ボタンをもう一度押した。音が止まる。

「はい、お電話かわりました。祝瀬です」

『あ、忠等さん? 清美です。テレビ、ご覧になりました?』

 どう聞いても作った声にしか聞こえない高い声で、清美がしゃべる。忠等は一瞬不快そうに眉を寄せた。

「何の番組です? テレビといわれても、何のことかわかりませんが」

 とぼける作戦にしたらしい。宏紀が台所で一人でくすくす笑っている。大人組は二人とも不安そうに忠等を見つめていた。

『嫌ですわ、忠等さん。他人じゃないんですから、そんな改まった口のきき方、なさらなくても』

「他人でしょう、十分。いったい何の御用ですか?」

 きついきつい、と呟いて、宏紀が流していた水を止める。ということは、宏紀はまったく気にしていないらしい。忠等の方が、冷静なように見えても、何だか腹を立てている。
 忠等は、表情を顔に出さないことを得意技に持っているのだ。怒っていることを顔に出さないくらいなら誰でもできるが、面白がっているのに怒った顔をするというポーカーフェイスは、はっきり忠等の専売特許だ。表情を装っていても本心がわかるのは、宏紀だけである。

「何か御用なんでしょう?」

『見ていらっしゃらなかったのですね、『解決!お悩み相談室』という番組』

 残念だわあ、と電話の向こうから清美の嫌味な声が聞こえて、思わず忠等は受話器をにらみつけた。大きなソファの忠等の隣に座って、宏紀は電話の邪魔にならないように抱きついた。甘えているわけじゃなく、忠等を落ち着かせているつもりなのだ。実際、忠等にはこの方法が一番有効だった。

『今日、私が出ておりましたのよ。世間の皆さんも、私の味方をしてくださいましたわ。いい加減目を覚ましてください。同性と仲良くしても意味ないでしょう?』

「余計なお世話です。話はそれだけですか?でしたら、もう切りますよ。こちらも暇じゃないんです」

『あら、ごめんなさい。明日、村越さんとお夕食のお約束をしてますの。大事なお話ですから、来てくださいましね』

 最後にそう言って、忠等の反応を待たず、電話は向こうから切られた。受話器を離してにらみつけ、チッと忠等は舌打ちする。その受話器を忠等の手から引き取って、宏紀は立ち上がると、親機のフックに戻しにいった。

「何の話だったんだい?」

 起こしていた身体を叩きつけるように背もたれに倒した忠等に、貢が声をかける。その優しい声は、宏紀同様忠等も息子としてみていることを示していた。おかげで、忠等はこの家にいて他人の家と感じたことがない。

「ええ、さっきのテレビの話ですよ。それと、明日会うことになっていたらしいです、いつのまにか」

「お夕飯は?」

 嫉妬などの私情を挟む前に、宏紀がそう言う。はっきり言って、この一家のお母さんなのだ。忠等も貢も高宏も、宏紀がいなかったらまともな食生活はできていない。かれこれこんな生活を七年近く続けているせいか、そんな言葉が自然に出てくるのだ。
 おかげで忠等は、嫉妬もしてもらえない、と少しいじけたい気分ではあった。

「いらない」

「そ。じゃあ、お茶漬けの用意、しとくね。鮭と海苔と人工イクラ、どれがいい?」

「それは、決まったものが夕飯に出るということか?」

 うーん、と忠等が考えている隙に、貢がつっこむ。うん、と宏紀はあっさり頷いた。食材はほとんど買い溜めしてあるのだが、魚介類という鮮度が命な食材は毎日買物に出る。近くにおいしい魚屋があるのだ。だから、魚介類だけはわがままが言える環境だった。

「イクラがいい、宏紀」

「父さんには聞いてない」

「……いじわる。そんな息子に育てた覚えはないぞ」

「父さんに育てられた覚えもないよ。どうする?忠等」

 ストン、とソファに腰を下ろして、頭を恋人の肩に乗せて、尋ねる。親子の会話を聞いてしきりに笑っていた忠等は、イクラでいいよ、と笑いながら言った。嬉しそうに貢が万歳をする。高宏は完全に傍観者に撤し、にこにこと微笑んでいた。

「ところで、仕事、いいの?」

「ああ、別に家に持って帰ってきてまでやらなきゃいけないものではないんだ。……ん?もう寝る?」

「お風呂、一緒に入ろ」

 今にもごろにゃんと言いそうに甘えている宏紀の頭を撫でてやって、忠等が立ち上がる。宏紀もくっついたままだ。お先にとあいさつをして、忠等は宏紀をくっつけたまま風呂場へと足を向けた。

 そんな若い二人を見送って、年長組は顔を見合わせ、笑いあった。こちらも友人時代を含めれば二十五年以上も付き合っているベテランカップルだが、そんな仲睦まじい関係を若い二人は軽く凌駕しているのだ。
 それこそ、目に見えても不思議じゃないくらいに、互いに心を支えあって生きている。誰にも切り離すことはできない、たぶん運命の鎖で固く結ばれた二人なのである。男同士ではあっても。





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