ダイナマイト・ガール 1


 ガチャン。

 突然とんでもない音が聞こえて、居間でテレビを見ていた三人は揃って台所を振り返った。皿を洗っていた童顔の青年が、どうやら洗っていた皿を落としてしまったらしい。彼は呆然とテレビに見入っている。

 東京都S市。市内北東部にあたる住宅街に、この土方家はある。父子家庭のこの家には居候が二人いて、全部で四人の家族だ。本人たちは二世帯同居のつもりであったりする。内縁の伴侶と息子の恋人が居候として同居しているのだ。

 台所に一人立って皿を洗っているのは、この家の主人の一人息子、土方宏紀だった。割れた音ではなかったのに安心して、振り返った三人は、まったく同じ仕草でゆっくりとテレビに目を向ける。

 テレビの中では顔にモザイクをかけられた一人の女性が、人生相談をしているところだった。画面の端に、婚約者が男と浮気!?との表示があった。相談者が女性ということは、その婚約者は男性で、つまり恋敵は同性愛者ということらしい。
 この番組は、芸能界の大御所と呼ばれる人々が一般の悩める人々の相談に乗るという企画で組まれており、この放送局の目玉番組の一つだった。相談事がなかなか考えさせられることが多いので、土方家でも毎週見ていた番組である。

 いつもはこの番組を見ながら意見を戦わせる土方家だが、この日だけは反応が違っていた。誰も、一言もしゃべらない。相談者やパネラーの言葉を一言も聞き漏らすまいとするかのように、じっとテレビに集中している。

 それもそのはず、実はこの相談者が相談している内容に、彼らは無関係ではなかったのだ。どころか、思いっきり関係者といって間違いないのである。モザイクがかかっているとはいえ、大体の髪型や顔の形は、知人から見ればわかるものである。それで相談の内容に身に覚えがあれば、それは十中八九間違いない。

 婚約者というところに疑問は残るものの、相談者の女性が言うところの彼氏は、居間で今呆然とテレビを見ている宏紀の恋人、祝瀬忠等のことだったのだ。

 話は二ヵ月前にさかのぼる。気象庁で気象予報士として働いている忠等は、ある日、上司の紹介で見合いをすることになった。一生を誓いあった恋人がいる忠等である、一度は断ったのだが、上司の顔に泥を塗る気かと半ば脅迫されるように見合いを受けていた。とはいえ、義理で受けた見合いである。見合いの当日に忠等は相手の女性に、自分には将来を誓った相手がいるからと結婚を断っていた。

 ところが、どこから嗅ぎ付けたのか、忠等の恋人が男だと知った彼女は、だったら自分の方が世間体から見てもふさわしいと、強引にアプローチをしかけてきたのである。しかも、見合いの席で断っているのにもかかわらず、婚約したと一方的に言い張り、仲人まで決めて一人で着々と結婚の準備を進めてしまっていた。こうしてテレビ出演までしたことを考えると、テレビで公表することによって忠等に彼氏と別れさせようと考えたようだった。

 強引な彼女に、確かに忠等も今まで半ば踊らされていたことは、否定できない。しかし、忠等は結婚のけの字も口にしたことはないし、忠等の両親などは彼女の存在すら知らないのである。しかし、反対に、見合いの時の仲人をつとめた忠等の上司は、忠等がこの話を断ったことをどうやら本気にしていないようだった。それはおそらく、彼女の態度がとてもそうは見えないからなのだろう。

 忠等には彼女を騙しているつもりはないし、宏紀と別れるつもりもない。しかし、このままでは忠等は彼女に訴えられて結婚詐欺で逮捕されることもありえないではない事態に陥ってしまうのだ。彼女に何の悪気もないことはわかるので、忠等も宏紀も今まで苦笑して見ていたが、テレビにまで出されてはいつまでも笑っていられない。

 相談者の彼女に対して芸能界の大御所たちが出した結論は、婚約者の恋人と喧嘩をしてでも別れさせてやったほうが、婚約者のためだ、ということであった。婚約者がいるにもかかわらず同性愛に走った彼氏を更正させるべきということだが、何だか、一方的に婚約者の恋人が悪者にされてしまったらしい。
 同性愛という禁忌を犯していることも、その結論の要因ではあろうが、別れさせられる側から見たら、とんでもない結論だ。同性であることに当事者たちが悩まなかったわけがないのである。それを乗り越えてまで結ばれた二人を、同性だというだけで切り離す権利など、他人にはない。

 結論が出たのを見届けて、まず立ち上がったのは家主である土方貢だった。時計を見て番組があと三十分残っているのを確認し、息子を振り返る。

「宏紀、ワープロ持っといで。高宏、この放送局の電話番号調べて。忠等くんは抗議文の原稿を考える」

 宏紀は父親に言われて一目散に台所を飛びだしていく。貢の恋人、船津高宏は、自分の携帯電話とノートパソコンを取りに居間を出ていった。貢は全員に仕事を言い付けると、恋人の仕事を手伝いに居間を出ていく。居間に残った忠等は、ちょうど手元にあった自分のカバンからノートとペンを取り出すと、下書きを書きはじめた。
 部屋からワープロ専用機を持ってきた宏紀が、下書きをのぞき見ながらキーボードを叩いていく。文章が出来上がったのは番組終了十五分前だった。
 結局高宏がインターネットでこのテレビ局のホームページを見つけ、電話番号を見つけだしてきて、ファックスできたのは番組が終わる三分ほど前だった。この番組は生放送ではないので、番組中では何の反応もないだろうが、それでも何もしないよりはかなりましだ。

 あわててファックスしてなんとか一息ついた土方家にその電話が入ったのは、放送終了直後のことであった。




 この家に住む人々は、全員が男である。土方貢、宏紀親子に、貢の恋人である船津高宏、宏紀の恋人である祝瀬忠等の四人で共同生活をしている。だから、本人たちに言わせれば、立派な二世帯住宅だった。

 宏紀と忠等が付き合いだしたのは、今から十二年前の秋だった。当時忠等は中学一年生、宏紀は小学五年生である。宏紀の一目惚れと忠等が起こした強姦事件の結果が、今の彼らの関係だった。
 どちらが欠けても今の二人の関係はありえないので、何があっても結果が良ければOKらしい。現在、宏紀は大学四年生で小説家をしており、忠等は社会人二年目の気象予報士だった。

 この二人が幸せに暮らせるのは、理解があるどころか本人たちもそうだから反対できないという、貢と高宏のカップルがいるおかげだった。何をしたというわけでもないが、年の功とただそこにいる存在感が二人を支えているといって間違いない。まだまだ子供の域を出ない彼らには、大人という後ろ盾がどうしても必要なのである。

 後ろ盾といえば、忠等の実家である祝瀬家の両親も理解のある人たちだった。二人いる息子が二人とも同性愛に走ってしまったのに、あっさりと公認してくれたのだ。その理解がなければ、忠等は土方家で暮らしてはいられなかっただろう。その祝瀬家には、今弟の恋人が居候している。

 宗教的にどんな宗教でも同性愛は禁忌とされていて、倫理的にもかなり問題のある行為である。それだけに、不特定多数の人間に知られては、この先、生きていくのに何かと支障を来す恐れがある。互いに恋をして愛し合っていることに後悔はないが、できれば世間に波風立てずに生きていきたかった。

 とはいえ、出会わなければ良かったなどという考え方は、二人の中にはとうに存在しない。出会わなければ、二人とも今生きていたかどうかわからないのだから。ただ、偶然二人とも男だっただけの話である。そのことにとやかく言われる筋合いはない。文句があるなら二人とも男にした神様にでも言ってくれ、というところだった。





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