III-7




 新幹線はまだホームに入っていなかった。

 忠等の両親は引っ越し荷物と共に今頃東名高速道路を走っているころだろう。
 一緒に見送りにきた克等と松実は、楽しそうに最近開幕したサッカーリーグの話に盛り上がっている。宏紀もその話に半分加わって、忠等は静かにその話を聞いていた。

 四人が喋っていると、そのうちに人が集まってきて、新幹線も入ってくる。他の人々はさっさと新幹線に乗り込むが、忠等は動こうとしない。まだ出発までには時間があった。

「宏紀」

「ん?」

 優しい目で宏紀は忠等を見上げた。克等と松実はそっとそこを離れた。

 この二人の目的は忠等の見送りもあるが、それ以上に、宏紀の保護だった。松実は恋人を失ってしまう宏紀が心配で仕方なかったから、克等も誘って邪魔とは知りながら見送りに来たのだ。克等も、兄よりもその恋人の方が心配だった。

「四年もかかるけど……」

「待ってるよ。帰ってきて。一緒に暮らそう、って迎えに来て」

 あいしてる。この言葉は言えなかった。優しくて、悲しい笑顔を宏紀は見せた。愛してる、なんて言ったら、泣いてしまいそうだった。

「夏休みに、帰ってくるから。家には帰らないって言ってあるから、そっちに泊めて」

「ばか」

 ふふっと宏紀は笑った。向こうで、克等が兄の言葉に笑っている。

「淋しくなるね」

「そうだな」

 出発一分前のアナウンスがホームに流れた。ほい、と克等が兄に荷物を持たせた。忠等が何か言おうとして、宏紀はそれをさえぎった。

「さよならなんて、言わないでっ」

 びくっと忠等は震えた。その反応に宏紀は笑った。

「行ってらっしゃい」

 まるで旅行に行く人を送るかのように、そう送り出した。何か忠等は考えていたが、やがて微笑む。

「行ってきます」

 答えて頬にちゅっとキスをした。びっくりしている宏紀に笑ってみせて、忠等は新幹線の乗降口に立つ。

「愛してるよ」

「浮気したら許さないから」

「宏紀こそ」

 発車のベルがなる。克等と松実が見守る中、二人は何も喋らず見つめあっていた。二人の間に扉が割り込んできて、完全に二人を引き裂いた。

 新幹線を見えなくなるまで見送って、宏紀は涙を拭った。笑顔に戻って、二人の親友を振り返る。

「帰ろうか」

 すっと二人は近寄ってきて、左右に並んでくれた。過保護なんだから、と宏紀が苦笑してみせる。でも、とても暖かくて、嬉しかった。

 階段を降りようとして足を踏み出したところで、宏紀はあっと突然脚を止めた。

 びっくりしてしまった。四年も苦しんだというのに、幸せなときは一年も保たなかった。

 前もそうだ。秋に出会って、夏に別れた。そして、また四年別れるというのだ。

 思ったら、楽しくなって笑いだした。
 幸せな小休止だった、そういうことなのだろう。これから四年はおそらく今までほど苦しまなくてすむはずだ。その意味では大切な小休止だ。

「幸せってさ。不幸よりも少なくできてるものなんだね」

 何をもって不幸というのかの問題だけど。心で付け足して笑った。左右の親友は、びっくりして顔を見合わせたが、やがて松実が笑った。

「これからは、不幸じゃないだろ?」

「それはどうかなあ」

 あははっと宏紀が珍しく声をあげて笑った。

 プラットホームの屋根の間から、細長く澄んだ青い空が見えた。



おわり





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