III-6




 三月一日。都内の公立高校が一斉に卒業式をむかえた。

 前生徒会長として、在校生代表の生徒会長の送辞に対して忠等が答辞を述べる。この学校には忠等のファンがたくさんいて、そのほとんどが女生徒だったが、忠等の答辞に卒業生からも在校生からもすすり泣く声が聞こえた。その後の校歌はほとんど歌になっていなかった。

 最後のホームルームを終えて、来い、と指定された教室に三年生が揃って顔を出すと、たくさんのクラッカーが一斉になった。

 黒板に、卒業おめでとうという文字が書かれていて、間に合わなかったらしく、赤いチョークで宏紀がリボンを書いている。宏紀が書き終えたころ、買い出しに行っていた人々も戻ってきた。

 コップにジュースを注いで回って、それでは、と相沢が立ち上がる。

「それでは、これより、卒業生追い出し会を始めます。みなさん、コップをお持ちください。僭越ながら、部長として、私相沢が音頭を取らせていただきます。本日は、こうして無事卒業生を送りだせまして、私としましても、ほっと胸を撫で下ろす心境であります。なにはともあれ、卒業生のみなさん、本日は誠に、おめでとうございます。乾杯!」

「かんぱーい!!」

 わいわいとコップを合わせて揃って中身に口をつけた。拍手が起こった。卒業生たちが恥ずかしそうにしていた。

 これだけ人数が多いと自然に立食パーティーになってしまうもので、みんなが盛り上がってきたころ、宏紀は何気なく忠等に近付いていった。

「卒業おめでとう」

「ありがとう」

 ペコッとコップの縁をぶつけて、笑いあった。

 段の上に乗って、色々な飲み物をミックスしたコップを手に、川原前部長が一気いきますっと喚いている。本当に一気で飲み干してしまった。女の子たちもふざけてミックスジュース作りを手伝っていた。

 何しろこの部はノリがいい。いつのまにか全員が川原の一気に注目していた。やがて別の人間が真似をして、どんどん飲み物は減っていく。

 一通り盛り上がったところで、相沢が司会進行役の仕事を思い出した。花束贈呈係に選ばれた人々を呼び集め、声を張り上げる。

「卒業生の皆さんはこちらへどうぞ」

 教壇上に三年生を並ばせて、可愛い感じの部類に入る男女を選んだという花束係をその前に並ばせる。

「花束贈呈です。拍手!」

 パチパチパチと拍手が起こった。きれいな花束を抱えて、卒業生たちは泣きだしそうだったり、嬉しそうだったり、実に様々だ。コメントを求められて、一人ずつ、嬉しいだのガンバレだのありがとうだのと答えてくれた。より大きな拍手が起こった。

 宏紀は花束がもう一つ残っていることに気がついて首を傾げた。卒業生は全員来ていて、花束を全員が受け取ったから、残るはずはない。

 卒業生たちが台から下りて、まだ静かなうちに、マネージャー二人が揃って声を張り上げた。

「もう一つお祝い事がありますぅ!」

 ひろ、すくちゃん先輩、こっち来て、と片方が二人に手招きした。何だろう、と顔を見合わせたのは三年生と呼ばれた二人だけだった。事前に話はついていたらしいが。

「これから、土方宏紀と祝瀬忠等の結婚式を行ないます」

 わっと歓声があがった。拍手も起こった。何?という三年生たちの顔が、まわりの一、二年生に教えられて納得に変わっていく。

 びっくりして、宏紀は忠等を見上げた。忠等はおやまあ、と肩をすくめてみせた。これ持って、と宏紀が残っていた花束を押しつけられる。忠等の花束は、預かります、と相沢に取り上げられた。神父役はなんと克等だった。

「企画はマネージャーの二人だからな」

 俺に文句言うなよ、とささやいて、克等は厳かそうな顔つきをした。

「祝瀬忠等」

 はいっと忠等が顔をあげる。条件反射だったらしい。宏紀は上目遣いに忠等を見やった。

「汝は健やかなるときも病めるときも土方宏紀を愛することを誓いますか?」

「……誓います」

「土方宏紀。汝は健やかなるときも病めるときも祝瀬忠等を愛することを誓いますか?」

「誓います」

 迷わなかった。自棄になっていたからかもしれない。誰かが口笛を吹いた。

「では、誓いの口づけを」

「……マジでやるのか?」

「みんなの見てる前で?」

 びっくりして二人は克等を見つめる。もちろん、と克等は頷いた。やれぇっと誰かが叫ぶ。もう一度念を押すと、観客からキスしろコールが起こった。

 はあ、と宏紀が溜息をつく。忠等に引き寄せられ、仕方なく、宏紀は花をつぶさないように背伸びした。忠等が少し屈んでくれた。
 触れるだけのキス。

 途端に、わあっと歓声が起こった。拍手も起こった。

「ブーケ、投げるよぉ!」

 そおれっ。花束は宏紀の手を離れて宙に舞った。





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