III-5
そっと手首を撫でられて、宏紀は目をさました。左手首だった。気付いて腕がびくっと震える。
「ごめん、起こした?」
「ううん。……どうしたの?」
ん?と聞き返し、忠等は雰囲気だけ微笑んだ。軽く手首にキスをする。
「愛してるよ、宏紀」
もう一度手首にキスして、唇にもキスをする。しばらく驚いていた宏紀は、やがてくすくすと笑いだした。
「俺、もう傷ものだもんね」
「……宏紀、そんな事……」
「だから、忠等以外に俺のこともらってくれる人なんかいないよ」
囁くように言って、宏紀は忠等の腕を抱き寄せた。肩に頭を寄せてすがりつく。
「俺のこと、捨てないで。京都で恋人作っても構わないから。相手が女の子なら見逃すから。だから、四年経ったら俺のとこに戻ってきて」
「ばか。誰が宏紀みたいないい人の典型、捨てるんだよ。本当の俺を見てくれた人、宏紀だけなんだから。今ここにこうしているのは、宏紀のおかげなんだから」
愛してるよ、と忠等は宏紀を抱き締めた。もう離さないというように、しっかりと。
「この傷の責任。取らなきゃね」
言って、また手首にキスをする。その忠等の頭を抱き寄せて、宏紀は静かに目を閉じた。幸せを噛み締めるように。
「また、欲しくなってきちゃった。忠等」
言われてきょとん、と宏紀の顔を見つめた忠等は、やがてにやっと笑った。
「まったく、エッチなんだから」
「そういう身体にしたのは誰だよ」
「俺。って、なんだ。そっちも責任とらなきゃいけないのか?」
ふざけた口調で言って、忠等は宏紀の耳元に口を寄せる。耳元がくすぐったくて宏紀はまた笑った。
「宏紀。俺をお婿さんにもらってくれる?」
「もちろん。喜んで」
宏紀と忠等は、しっかりと互いに目と目を見交わして、くすっと笑った。
「今の、プロポーズ?」
「ちょっと気弱バージョン。大丈夫。また四年後に、今度は強気バージョンでいくから」
何が大丈夫だか、と呟いて、でも宏紀はくすくすと嬉しそうに笑った。
「うん。待ってる。だから、ちゃんと帰ってきて。俺のこと、幸せにして。幸せにしてあげるから。世界中の誰よりも、幸せなカップルになろう。そのための努力なら、全然辛くない。ね。誰よりも、幸せになろう」
うん。頷いて、忠等は宏紀をまた抱き締めた。今まで幸せに逃げられていた分。幸せになれるといい。そう思う。
思うことが、なぜかこんなにも苦しくて。頬を一筋の涙がこぼれていった。涙を宏紀に舐め取ってもらって、忠等は宏紀にキスをした。優しい深いキスをした。
「幸せになろう。もう離さないから。少し離れちゃうけど、でも、すぐそばにいるから。宏紀のそばにいつもいるから。一緒に生きてこう。そして、二人で幸せになろうね」
涙目で笑い合って、そして力一杯抱き締め合った。お互いを確かめ合うように。離さないように。離れないように。この二人に今できることはそれしかなかったから。
眠ったはずの貢と高宏は、宏紀の部屋の前に並んで座って静かに中の様子をうかがっていた。やがて宏紀の気持ち良さそうな溜息が聞こえてきて、二人は顔を見合わせ笑った。ようやく安心したというような表情で。
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