I-4
宏紀が入れられたのは、部長とも克等とも松実とも別の方のチームだった。さっきから押されっぱなしのチームである。宏紀は形勢を見て、ディフェンスにまわった。
試合開始から十分ほどして、ボールを得た克等がゴールを目指して突っ込んできた。フォローするように松実もつかず離れずやってくる。やがて、克等は宏紀と対決することになった。宏紀は守りに腰を据えてしまった。
ボールを右へ左へ動かし、フェイントする隙を探す克等だが、どうにも見つからない。松実がボールを取りに近づいてくるが、そちらに流すことも難しい。
困って後ろに転がすと、松実があわててそれを追いかけた。シュートするには少々遠く、宏紀と戦って勝てるはずはないと身体は覚えているため、松実はそれをさらに後ろへ返した。
再び、ボールは宏紀のいる方へ戻ってきた。今度それを持っているのは松実である。
「手加減してよ、宏紀」
「やだ。このメンバーじゃ不公平だろ?」
「そんなことないよ。頼むから、さっ」
よっ、と宏紀からボールを逃がす。くすっと宏紀が笑う。宏紀の足が軽くボールを引き寄せた。自然に、鉄が磁石に吸い付くように、ボールは宏紀のものとなる。
それを見ていた克等が、驚いて目を見開いた。手に入れたボールを、宏紀は確実に味方に送る。松実が悔しそうに地団駄を踏んだ。
ボールを持ってやってきた克等は、再び自ら宏紀と対峙した。
「お前さあ、何でそれでマネージャー志望なんだ? マジで勿体ねえな」
右へ左へ、ボールを転がしながら克等が言う。試合中だというのに、実にのんびりしている。宏紀は笑って誤魔化すことにしたようだった。
ボールを無理に取ろうとしない宏紀は、ただ何かを待ち構えていた。
「お前って、変な奴だな」
「うん。俺もそう思う」
隙をついて宏紀がボールを奪い、攻守一転した。克等の攻撃は結構動く。
「兄貴とは、どうやって知り合ったんだ?」
「チュウト、って知ってる?」
「……ああ、なるほどね。わかった」
克等が納得した途端、宏紀が大きく横にずれた。あわてて追いかけるが、すでにそこにボールはない。
チッと舌打ちして、克等は渋々引き上げていった。くすくすと宏紀が笑う。
コートの中央付近でボールの取り合いをしているとき、克等はボールを追うふりで松実に近づいていった。どうしたのか、と松実が首を傾げてみせる。
「お前、土方と友達だったよな?」
肯定して、聞き返す。こちらに飛んできたボールを松実が拾って、克等に送った。
「あいつ、昔グレてたりしたのか?」
「今でも、ね。あれは、グレてるというより義務で番張ってたようなものだけど」
げ、と克等が呟いた。番を張っていた。俗に言う、番長、というものだろう。たぶん、もう死語なのだろうけど。
恐いと思うよりも、驚いてしまった。そんなものがまだ残っていたということじゃなくて、宏紀はどう見てもおとなしい優等生タイプだったから。
「マジ? 見えねえ」
「有名だよ?」
ふふっと松実が笑った。ボールが克等から松実へ移動する。
いつのまにやら、宏紀のいる場所までやってきていたらしい。
「何こそこそ喋ってるんだ? 怪我するぞ」
突然耳元でした宏紀の声に驚いている隙に、ボールも奪われてしまった。珍しく、宏紀がボールを持って走りだす。
「うわっ! 祝瀬くん、止めて、止めてっ!!」
言われて、克等が宏紀に向かっていく。宏紀は仕方なさそうにボールを蹴り上げた。
ファイルを見ながらコートを眺めた忠等は、へえ、と声を上げた。
「たしかに、宏紀はマネージャーの方がいいかも」
何しろ上手すぎる。技が彼なりに完成されてしまっている。練習相手にはなるだろうが、試合にはなるべく出したくないタイプだ。彼が出てしまうと、チームプレイであるはずのサッカーがワンマンプレイになりかねない。勝てば良い、という問題ではなく。
気が付くと、そこに仕事の手を休めてぼんやり宏紀を見つめている自分がいた。
「宏紀をマネージャーにしておきたいのは、俺かもしれない」
呟いて、苦笑した。彼がコートにいると、忠等の仕事が進まない。
と、そこへ影がおりてきた。一緒に女の子の声も。
「祝瀬先輩。あの、これ」
「すくちゃん。忘れた?」
突然言われて、二人は戸惑ってしまった。忠等が笑って彼女たちを見上げる。
「どれ?」
「あの、ここなんですけど……」
忠等にファイルを見せながら、二人は忠等のそばにしゃがみこむ。ちらっと宏紀を見やって、忠等はいつもの優しい笑みを浮かべた。
ころころと転がってきたボールを蹴上げ返して、ふう、と宏紀はそこにしゃがんだ。身体が弱いと聞いていたキーパーが、心配そうに声を掛けてくれる。
「おい、大丈夫か?」
「ありがとうございます。大丈夫です。疲れただけですから」
空を飛んでくるボールを見上げ、宏紀がよっこらせっと声を掛けながら立ち上がる。
「無理すんなよ」
「はい、ありがとうございます。来ますよ」
ボールの落下地点推測地に宏紀は走っていく。大丈夫かなあ、とキーパーは心配そうに宏紀の背中を見つめた。
実はこのキーパー、仕事がなくて暇なのである。宏紀があまりにも確実にボールを防いでくれるため。
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