III-4




 関東平野に雪が降った二月一日。

 宏紀の誕生日の日。それは、忠等と迎えた二度目の誕生日だった。

 四年前は、小さなショートケーキを二人分買ってきて、小さな蝋燭で穴だらけにしていた。

 今年は、貢も高宏もいる。松実と克等も祝いにきてくれた。向かいの家のマキも。

 その日。一人で学校から帰ってきた宏紀は、玄関を開けてそのまま茫然と立ち尽くした。学校で別れたはずの松実と克等がそこで何やら忙しそうに歩き回っていたのだ。家の中からはとてもいい、おいしそうな匂いがした。

 宏紀にとって、それは要するに、突然の出来事だったのだ。

 首謀者は言わずと知れた貢だった。突然パーティーを開いてびっくりさせてやろう、どうせ自分の誕生日なんか覚えていないだろうから。この計画を立てたとき、貢はそう高宏に囁いたのだという。しかも殺人事件の現場検証に立ち合っている最中に。

 玄関に立ったままの宏紀の肩に忠等はそっと驚かさないように手を置いた。耳元で囁く。やさしい声で。

「誕生日、おめでとう」

 びっくりした目のまま、宏紀は背後に立っている人を見上げた。やさしい目にぶつかって、宏紀はやっと笑ってみせた。

「びっくりした。みんなで俺のこと驚かそうとしてたんだね?」

「驚いただろ?」

 丁度玄関のそばにいた克等がそう言って、にっと笑った。松実もやってきて、宏紀の手を引く。仕事を早退して準備していた貢と、五時になると同時に警視庁庁舎を飛び出した高宏が揃ってそこに顔を見せた。マキもエプロンをつけたまま現われた。全員で声をそろえる。

「誕生日、おめでとう」

 驚きと嬉しさの交じった顔をしていた宏紀は、ようやっと本当に心から嬉しそうに笑った。

 松実に引っ張られてリビングを覗いた宏紀は、またそこに立ち止まった。テーブルの上に大きなケーキが乗っている。部屋の中はモールや紙テープで飾られて、ハッピーバースデーと書かれた横断幕が壁に貼られていた。

 まるで小学生のような誕生日会の光景。けれど、そんな時期を過ごして来られなかった宏紀には、こんな趣向こそがなにより嬉しいプレゼントだった。




 宏紀の誕生日を肴に大騒ぎした彼らは、夜の九時をすぎてようやくそれぞれの家に帰っていった。高宏と貢は車で松実と克等を送りにいった。

 ようやく二人きりになれた宏紀と忠等は、ただ黙ったままソファに並んで座っていた。そっと忠等の肩に体重をかけてみる。すると、それを受けて忠等が肩に手を回してきた。声はない。それだけが彼らの至福の時、らしかった。

 しばらくぼうっと電球を見ていた忠等は、急に宏紀を抱く手に少しだけ力を入れた。どうしたのかと宏紀はその恋人を見上げる。

「四年か」

 呟いて、忠等は溜息をついた。それを見やって宏紀が楽しそうに微笑う。

「どうしたの、溜息なんかついて。淋しい?」

「何だよ、宏紀は大丈夫なんだな」

 むくれて忠等は肩に置いた手を離す。くすくすと宏紀は楽しそうに笑った。

「大丈夫なわけないでしょ? これから四年、父さんや高宏さんに迷惑かける予定。でも、自立しなきゃね。いつまでも子供じゃいられないし」

 丁度そこに、パタン、と玄関の閉まる音がした。しーっと言っているのも聞こえた。抜き足差し足で廊下を歩いていく高宏と貢。思わず宏紀はまた笑ってしまった。

「お帰り、父さん、高宏さん」

「あ、やっぱりバレてた?」

 恥ずかしそうに高宏はそこで立ち止まって頭を掻き、貢は逃げるように階段を駆け上がっていく。その貢を見送って、高宏も居間に残っている二人に頭を下げた。

「じゃ、ごゆっくり。俺たちもう寝るから、あとよろしくね」

 はーいと答える二人に笑ってみせて、高宏は貢を追って二階に上がっていった。それを見送って、自立しなきゃ、と宏紀はまた呟くように言った。

「昔は、自立してるんだって自分のこと思ってた。でもね。最近わかったんだ。子供だったんだ、結局。子供だったのに甘える相手がいなくて、だから自分がなんとかしなきゃ、って意気込んで暴走しちゃってた」

「暴走?」

「うん。家事一般自分の仕事にしたのも、不良仲間と暴れまくってたのも、自殺する気もないのに手首切ってたのも。みんな暴走。子供だからできた無茶。今はもうできない。体力ないってのもそうだけど、今は甘える相手もいるし、子供らしくしていられるし。本当の意味で自立できる環境になったから。だから、今のうちに自立しなきゃ。今、わかっているうちに。そうしないと、その内今までのことすっかり忘れて親離れできなくなっちゃいそうだよ」

「親離れ、か」

 なるほどね、と忠等は頷いて宏紀をまた抱き寄せた。今度は宏紀も迷わず忠等に体重を預ける。

 また何も喋らずそうしていると、やがて忠等が自分の荷物を引き寄せて何か探しだした。何だろう、と首を傾げたまま宏紀はそれを見ている。

「宏紀、プレゼントあげる。目を閉じて手を出して」

「手?」

 問い返しながら、宏紀は右手を差し出し目を閉じる。すると忠等は、ちょっと待って、と言って自分の鞄から小さな箱を一つ取り出し、宏紀の手の上に乗せた。手の平に乗ってしまう小さな箱だ。きれいにラッピングしてある。

「目、開けていい?」

「うん。ついでに箱も開けて」

 目を開けた宏紀は、その箱の大きさに驚いていた。この大きさなら、思いつくものに限りがある。もう一度忠等に開けて、と言われて、宏紀はリボンに手をやった。にこにこしながら忠等はそれを見ている。

 出てきたのはなんと、どう見てもリングケースだった。大事に両手でそれを包み込んで、宏紀は驚いた顔を忠等に見せた。

「クリスマスにもらったお礼。浮気しないように。ね?」

「いいの? こんなしっかりした箱付きで」

「中身見てから言って」

 答えて忠等は笑ってみせた。宏紀に喜んでもらえたことが、何よりも嬉しい。いつもそうして喜ばせてあげたいと思う。

 中に入っていたのは、何の飾りもない純金の指輪だった。細い指輪。男の人が付けてもあまり目立たないほどの。

「よく指のサイズ知ってたね。俺も知らないのに」

「宏紀の真似してね、寝てる間に測った。合うかどうかはわからないよ」

 付けてあげる、と忠等が手を出す。宏紀はその手に指輪の箱を渡して、左の手を差し出した。忠等に付けてもらった指輪は丁度ぴったりで、そのことがなんだか嬉しくて笑いを誘う。

 忠等の左手の薬指に光る金の指輪。同じところに、宏紀も同じ指輪。まったく同じものだった。
 きっと探したのだろう。珍しい彫り方をしてあるから。つるっとした何もないリングの、一部分だけ少し削ったような飾り彫。こういうものは、マリッジリング以外では滅多にない。

 とても嬉しくなって、宏紀は自分から忠等に抱きつきキスをした。

「部屋、行こ」

 耳元で囁いて、忠等が立ち上がり宏紀に手を差しだす。宏紀が頷いたのを確認して、忠等は宏紀の身体を抱き上げた。





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