III-2




 楽しい日々というものはすぐに過ぎて行くものだ、ということに、宏紀はこの年になって初めて気が付いた。

 いつのまにか紅葉の季節も終わり、忠等の推薦入学試験も終わり、二学期の期末試験も終わり。ジングルベルが街にあふれ始めている。

 この冬は、珍しく寒い冬だ。初雪も早かった。富士山は真っ白になっている。

 雪が降りそうなどんよりした空を見上げ、宏紀はファイルを見下ろし、コートに目をやった。

 どうせ練習に参加しないのなら、せめて監督代わりになれ、という新部長相沢のお達しに従って、一人一人の長所と欠点を見極めている最中なのだ。

 そのサッカーの技の知識と技術を利用せずに放っておくのはもったいない、のだそうだ。サッカーをやらないつもりなら、チームの一人一人を強くするのに手を貸せと、そう言われていた。

 個人のそこそこの技術なくしてチームプレーは出来ない、と相沢は考え、それには宏紀も賛成だった。自分では気がつかない欠点や長所を見極めていくことからまず始めることになった。それで、宏紀は視線の先をファイルとコートで行ったり来たりさせていたのである。

 やがて、こんなもんだろ、と呟いて宏紀は背伸びをした。四十五分休憩なしで連続して練習する、という夏からの練習方針も変わっていない。これは、フルタイムコートを走り回っても最後にばてないように、という基礎体力づくりの一貫だ。

 しばらくして、ストップウォッチを片手に女子マネージャーの一人が宏紀に近付いていった。

「ひろ、そろそろ四十五分なるよ」

「そう? じゃ、そろそろやめさせようか。雪降りそうだしね。今日はイヴだから、みんなも予定とかあるんでしょ?」

「ひろこそ、すくちゃん先輩とデートの約束してるんじゃないの?」

「……へ?」

 どういうこと?と宏紀は首を傾げた。にやにやと彼女は意地の悪い笑い方をしている。

「付き合ってるんでしょ? キスシーン、目撃しちゃったもの。ごまかしは効きません」

 しばらくびっくりして、急に宏紀は真っ赤になってうつむいた。楽しそうに彼女は笑っている。

 彼女はきっと、ホモ漫画などを平気で読んでいるタイプなのだろう。もう一人も近付いてきた。

「いつ、見られちゃった?」

「すくちゃん先輩が大臣賞取った、って来た日だから……九月一日。あの時はすっごいびっくりした。まさかそうとは思わなかったもの」

 ねぇ、ともう一人の女の子に同意を求めて、彼女はすでに四十六分になってしまったストップウォッチを止めた。時間でーすっ、とコートの方に叫ぶ。

 宏紀は真っ赤なままの頬に手を当てた。ぽかぽかの頬を手の冷たさで冷やそうというつもりらしい。

 やがて練習をやめて戻ってきた部員たちが集まってくる。全員が揃った頃には、宏紀も普通の顔に戻っていた。

「宏紀、データ取れた?」

 この部の中で唯一宏紀をあだ名を使わないで呼ぶのは松実である。忠等もそうだが、彼はとっくに引退している。今日は明日発表になる結果が気になって部活どころではなかった。

「ま、とりあえず、こんなところだろう、というところまでは見ました。大体のところを発表しますので、それを元に自分の目標を見付けてください。目標を定めるのは、冬休み中に各自で行なってください。明日は練習なしですよね、部長?」

 うん、と相沢が頷いた。野球部が、他校との友好試合をこの学校のグラウンドで行なうことになっているのだ。

 宏紀は相沢の頷きを確認して、ファイルをめくった。一人一人について、細かくチェックしていく。昨日今日見ただけでは細かくはわからないが、大雑把な癖などは確認できた。

 なるほど、と頷く者あり、そうかな?と首を傾げる者あり、やっぱり、と言う者あり。反応はさまざまだが、全員が熱心に批評を受けとめていた。

 この部の良いところは、部員全員が素直に自らと他人の指摘を受けとめ、改善しようと努力していけるところだ、と宏紀は思う。だから、少しぐらいきついことも遠慮しないで言える。

 全員分を終えて、宏紀は付け足しに言葉をそえた。これは自分を高い位置から仲間の位置に引きずり下ろすのには欠かせないと思う。

「以上が俺から見たところでの注意点です。相談は承りますし、不満はきちんとお聞きします。遠慮せずに抗議にいらしてください。俺の話は以上です。部長、後お願いします」

 こうして仲間たちを見回すと、全員の目がやる気で輝いていることがわかった。良いことである。

 サッカーが好きで仕方がなくて、うまくなりたいから頑張ろうとする。とてもすばらしいことだ。その目の輝きだけで、宏紀は自分の仕事に十分満足していた。

 部長の号令で、今年最後の練習は終わった。





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