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 III


 体育祭も終わって、十月の中旬。

 忠等は滅多に泊りにこなくなっていた。宏紀の表情に淋しさは少しも見えないので、貢はちゃんと話し合っているのだろう、と勝手に推測して放っておいている。

 実際、忠等は京大の理学部に推薦で入るために必死で勉強していた。必死で勉強するという経験は生まれて初めてだった。

 それは宏紀もわかるから、学校では極力会うようにしてせっせとハッパをかけて応援していた。推薦で合格したら、一日宏紀に何をしても良い日をあげる、というご褒美の約束をしている。

 結果がわかるのは十二月の下旬だった。

 お風呂には入ろうと階段を下りた宏紀を、貢が居間に呼んだ。階段を下りる音を聞いたらしい。嫌そうに宏紀がそこに顔を出す。珍しいこともあるもので、高宏がそこにいなかった。

「そういえば、最近チュウトくんの顔見ないな。元気でやってるか?」

「元気だよ。高宏さんは?」

「風呂」

 がくぅっと宏紀が肩を落とす。それで、宏紀が風呂に入りにきたことがわかったらしく、貢がけたけたと笑っている。いつもは仲良く二人で入るのだが、どうしたのだろうか。喧嘩をしたわけではなさそうだ。

 ま、いいや、とソファに腰を下ろす宏紀の目の前のTVには、どうやら刑事ドラマらしい連続ドラマが映っていた。銃を片手に軽快に走っていく、刑事役の人気俳優が映っている。

「警察官でも刑事ドラマなんて見るんだね」

 ん?と貢が宏紀を見やる。それから、笑った。

「これは特別なんだよ。あんまり見ないんだけどね、馬鹿馬鹿しいから。この監督、結構勉強してるんだ。警視にこう言わせるんだから、相当の苦労だね。スタッフに元警官がいるのかもしれないけど。いや、別にそれだけなら見ないんだけど、エキストラで俺たちが出てるんだ。民間団体に協力って形で。警察も国民の皆さんにアピールしていかないとね」

 へー、と感心しそうになって、宏紀は父の言葉を頭で反芻してみる。そして待つこと数秒。

「……はあ?」

 エキストラで出演している、と聞こえた気がするのは、気のせいだろうか? 何だよその顔、と貢が不機嫌そうな顔をして、やがて笑った。

「それでさっき、カッコよかった、って高宏に言ってやったらさ。恥ずかしがって風呂場に逃げてっちゃったんだ。まだテレビに出てもいないのに。可愛い奴だろ?」

 惚気は聞き飛ばして、宏紀は驚いた顔で父を見た。

「どんな役?」

「主役を援護する警察官。久しぶりに制服着ちゃったよ。年取ると似合わないもんだね。高宏ほど体格あれば良かったんだけど、俺はこの通り痩せだから」

 お、出た出た、とはしゃいで貢がTVを指差す。どれどれと見やって、宏紀はびっくりした。巡査が制服を着て主役を援護するように従っているというシーンに、貢と高宏がいたのだ。

 よほど暇だったのだろう。仕事がない、または一段落した警察官を起用しているのだろうから。後ろに幾人か並んだ巡査たちは、すべて本物なのだという。なるほど確かに、俳優よりも明らかにぴしっとしている。

「高宏さん、カッコいいね」

「……父さんは?」

「まあ……そこそこ、かな?」

 がぁん、と大げさにショックを受けてみせる貢に、宏紀は笑った。

 こうして父親とふざけられるようになったことが、不思議と嬉しかった。

 つい半年前までは血のつながっただけの他人だと思っていた。それが、血がつながっていないとわかってからでさえ、仲の良い親子になれている。そんな自分に宏紀はびっくりしていた。

 その驚きが嬉しかった。普通の親子とは少し関係が違うのかもしれないが、今までも普通とは全く違う関係できたのだから、これで良いのだと思う。今の宏紀には、貢は自慢の父親なのだから。





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