II-6
「なるようにしかならない、か」
え?と聞き返してきた宏紀に何でもないと答えて、忠等は見慣れた天井を見上げた。何一つ身に着けず、二人でベッドの上に横になっていた。
夜はさすがに涼しくなるので、タオルケットはちゃんと掛けて。宏紀の体温が心地いい。
腕に縋りついて甘えてくる宏紀の頭を優しく撫でて、忠等はまた悩みの中へとダイブする。
宏紀は強い。今までの弱さが嘘のように、突然強くなった。それが本当の宏紀かどうかはわからない。人間というものは、そう簡単に変われるものではない。
おそらく、強そうに見せているだけなのだ。忠等の目の届かないところで深い溜息をつく宏紀を何度も目撃している。
宏紀の場合は、成長過程で弱さを得てしまっているのだ。弱さを引きずって、自分の心さえも騙して、そうやって生きてきたのだ。これを一瞬で強くするのは、無理があるだろう。
では、何故宏紀は忠等に対して強がっているのだろう。そう考えて、忠等はびっくりした。
自分のためじゃないか。安心して京都に行けるように、宏紀も頑張っているのではないか。
とすれば、忠等がこれを追求して良い訳はないし、迷っていてはいけないはずだ。忠等が迷うことで、宏紀の頑張りを無に帰させてしまうのだから。
なるようにしかならない。確かにその通りだった。
まだ何事か考え込んでいる忠等を見ながら、宏紀は嬉しくて微笑んだ。悩んでいる忠等の横顔もカッコいいと思った。
だから、女の子には取られたくなかった。忠等は何しろモテる。男前で優しくて頼れる人、しかも頭がいいとくれば、カッコいいといわずに何というのか。とまで思ってしまう。
ここまでカッコいいと、不安にもなる。恋敵が多すぎて、いつ心変わりされてもおかしくない。何しろ自分たちの関係は、どう見ても不自然なのだから。だから、忠等の心をつなぎ止めておかなくてはいけないのだ。どんな卑怯な手を使っても。
「チュウトさん、何考えてるの?」
「ん? 宏紀のこと。宏紀はどうしてこんなに可愛いのかな、ってね」
一瞬びっくりして、それから大爆笑した。忠等も恥ずかしそうに笑って、誤魔化すように宏紀を抱き締める。
幸せだった。こんな幸せは他にはない、と思えるほどに幸せだった。この幸せだけは、手放したくなかった。きっとこれが、宏紀の今までの人生で最初のわがままだった。
「忠等、さん……」
言って、どきっと心臓が跳ねた。言うつもりはなかった。それなのに、口は勝手に口走っている。
でも、前から言いたかったことだった。面と向かって。今までも頭のなかではそう呼んでいた。口に出したのは、初めてだった。
違和感は、ない。
聞いて、胸がドキッとした。宏紀の腕が首筋に絡み付き、引き寄せられるままに忠等は宏紀の唇に唇を合わせた。
びっくりした。それと同時に、体中が歓喜に震えた。あまりにも宏紀の言葉と声が甘くて。息がつまりそうだった。
はじめてだった。宏紀に本名で呼ばれたのは。宏紀の甘い声が、その言葉が、快感だと気が付いた。
九月二日。記念すべき日になった。
「忠等さん。お願い。だ……」
あわてて口を塞いだ。もちろんキスで。それ以上は宏紀の口からは言わせられなかった。
ただでさえ理性が弾けそうなのに、それ以上聞いたら我慢できなくなりそうで。激しく貪って、それから余韻を味わっている宏紀にささやく。
「せっかくだから、その『さん』もやめて」
「…ただひと……っ」
宏紀の首筋に顔を埋めて、忠等はそれからすぐに理性を手放した。一匹の獣になった。それは宏紀も同じで、次の日高宏に腹減ったと起こされるまで、二人は時を忘れた。
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