II-4




 久しぶりに忠等と一緒の帰り道。宏紀は何となくはしゃいでいた。おそらく忠等が取った文部大臣賞のせいだ。

 反対に、忠等は落ち込みがちである。るんるん、と先を歩いていく宏紀に、暗い顔と暗い声で忠等は話し掛けた。

「なあ、宏紀。来年のこととかって、考えたりしない?」

 え?とびっくりした顔で宏紀が振り返った。暗い忠等の顔を覗きこんで、どしたの?と本気で不思議そうに尋ねる。それから、笑ってみせた。

「考えてるよ。来年でしょ? 俺は高校二年生。チュウトさんは大学一年生。かっちゃんとまっちゃんは仲良くじゃれあってて、そのそばでトリオやりながら俺はチュウトさんと遠距離恋愛中。何も問題ない。でしょ?」

 ちゃんとわかっているらしい。宏紀は楽しそうにそう言って、それで?と話を促してくる。

「一人で淋しいな、とか、俺が浮気したらどうしよう、とか、考えないんだ?」

「考えたら辛くなるじゃない。だいたいね。一人で淋しいのはチュウトさんも一緒だし、チュウトさんが浮気なんてするはずないじゃない。なかなか良いんじゃない? 遠距離恋愛も。新鮮で」

 でしょ?とまた忠等の顔を覗き込んで、宏紀はにこっと笑う。

 また、知らないうちに変わったな、と思った。

 強くなった。とてつもなく強くなった。忠等の能天気で心臓に毛が生えたような精神よりもずっと強くて温かみがある。いつのまにか宏紀の心にびっしりと張っていた氷が溶けきってしまったようだった。

 こうなると、もともと優しくて思いやりのある宏紀は、まるで太陽のようだった。

「そっかあ。チュウトさんは一人暮らしになるんだね。余計淋しいかぁ」

 しみじみと言われて、忠等の表情はまたどんよりとしてしまった。あわてて宏紀が何か取り繕おうとするが、でも、あの、その、しか出てこない。

 そんな宏紀を見て、忠等がちょっと笑ってみせた。

「一人暮らしか」

「昔は似たようなことやってたなぁ」

 そう言われて、はっと顔をあげた。

 確かにそうなのだ。宏紀は忠等と離れていた四年間、一人暮らしと同じようなことを続けてきたのである。
 掃除洗濯炊事に買物。中学生の時にすでにこなしていたのだ。しかも、勉強もして、サッカーもして、喧嘩もして。三年生になると受験勉強までして。

 そう考えたら、忠等にもやる気が出てきた。中学生の宏紀に出来たことだ。大学生になる忠等に出来ないはずはない。急に表情も明るくなった。

 忠等の内心の変化などわかるはずもなく、急に元気になってしまった忠等に宏紀は首を傾げる。

「宏紀、強くなったな。もう自分のこと好きになれたんだ?」

「さあ、どうなんだろうね。嫌いなのかどうかもわからなくなってる。どうでも良いんじゃないかな、と思うよ。人から見た自分がどうだってさ。自分は自分だし。好きでも嫌いでもない。自分は自分だから、判断に困る。もしかしたら、みんなそうなんじゃないかな、って思った。変かな?」

 いや、と忠等は首を振った。

 結論は人それぞれだろうし、結論が出なくてもさほど問題ではない。こういうものの答えは一つとは限らないはずだから。結論を得た人がそれが結論だと判断したのなら、それは結論になるのだから。自分は自分だから、自分が好きか嫌いかなどわからない。それはそれで立派な結論だ。

 だってさ、と宏紀は続ける。

「だって、人の好き嫌いの基準って、自分自身でしょ? なんでもそうかも知れないけど。としたら、基準に好きも嫌いもないじゃない。前は自分のこと嫌いっていってたけど、あれだって、他人と比べて自分の悪い点ばっかり大きく見えてただけだし。と、思います。おわり」

 恥ずかしそうにそう誤魔化して、宏紀はるんるんと跳ねるように走っていく。そして、くるっと振り返り、早くぅ、と忠等を呼んだ。そんな宏紀を見て、忠等は笑った。

 幸せだと思った。この幸せがいつまでも続けば良い、と。この世で一番好きな人が、宏紀がそばにいるのなら、毎日が何もない単調な日の繰り返しでもかまわない。変化など望まない。宏紀さえいれば良い。最近ではそればかり思っている。

 この思いが途切れてしまうのが恐いのだ。心が離れてしまうのが恐いのだ。身体は離れていても良い。でも、いつでも同じ時を過ごしていたい、そう思ってしまう。

 四年前と考えていることに変わりがないことに気付いて苦笑したが、この思いを否定することは出来なかった。

 貢さんや高宏さんに相談してみよう。そう思った。





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