II-2




 九月。一日は始業式があり、防災訓練がある。長々とした校長挨拶が終わると、そのまま表彰式に突入した。

 地区大会で好成績を残したいくつかの部と共に、都大会四位であえなく関東大会に行き損ねたサッカー部が壇上に上がった。前部長がキャプテンとして代表に立った。講堂では拍手喝采がまきおこった。

 その日の放課後。早速三年生抜きではじめての練習が行なわれた。夏休みの間中自主トレのみだったので、ほとんど全員身体が鈍りきっていて、軽い運動から始められる。

 それは丁度、宏紀が買い出しにいった時だった。忠等が嬉しそうな顔でやってきた。帰ってきた宏紀の姿も向こうの方に見える。どうしたのか、とマネージャーの一人が尋ねると、忠等はへへへっと笑った。宏紀が、忠等の姿を見付けて駆け寄ってくる。

「論文、文部大臣賞ゲーットッ!!」

 イエーイ、とVサイン。マネージャー二人も飛び上がるようにして喜んだ。宏紀が息を切らしながら、びっくりして忠等を見つめている。マネージャーの片方が興奮状態のまま叫んだ。

「すごいですぅ! サッカー部始まって以来の快挙ですよ、きっとっ!!」

 いくら何でもそれはオーバーだろうが、しかし、すごいことではあった。大臣賞など、滅多に取れるものではない。

 マネージャーたちの騒ぎを聞き付けて、練習していた人々も寄ってくる。突然胴上げが起こった。ここまで来ればもう練習どころではなく、誰かがパーティーだっと叫ぶと、どこで?もなく全員が着替えに走った。

 突然こんな大人数となると金の持ちあわせのない人も出るだろうからということで、会場はおそらく宏紀の家だろう。近くて、広くて、迷惑がる人間がいない。

 苦笑して、宏紀は嬉しいのだか困っているのだかわからないような表情で忠等を見上げた。マネージャー二人が片付けてくださいっと声を張り上げている。

 頼むよ、と耳元でささやいて、忠等は宏紀にそっとキスをした。振り返った二人がそれを目撃してあわてて目を背けたが、当の本人たちはまるで気が付かなかった。




 玄関を開けて貢が最初に見たものは、リビングの大きなソファだった。他にも机やら一人掛けのソファやらが放りだされていて、リビングは耳を塞ぎたくなるほどにうるさい。

 貢と高宏はソファを乗り越えてリビングを覗いた。知らない高校生の集団がジュースを片手にどんちゃん騒ぎをしている。その中には忠等の姿もあった。宏紀は女の子二人と、台所で給仕係をつとめている。貢と高宏はそちらに顔を出した。

 最初にそれに気付いたのは女の子の一人だった。くいくい、と宏紀の服の袖を引っ張る。

「あ、父さん、高宏さん。お帰りなさい。すみません、うるさくて」

 いやそれは構わないが、と呟きながら、貢はリビングの方に親指を向ける。

「息子よ、これはいったいどういう状態なんだ?」

「どんちゃん騒ぎ。でしょ? チュウトさんがね、文部大臣賞取ったんだ。そのお祝い。サッカー部の仲間だよ。混ざる?」

「ビールあるか?」

「うん。用意する」

 洗ったコップを拭いて、冷蔵庫からビールビンを取り出し、栓を抜く。後は自分でやって、と押しつけて、どんちゃん騒ぎの方へ声を張り上げた。

「みなさーんっ。うちの父と居候さんでーすっ!」

「おじゃましてまーすっ!」

 合唱されて、貢と高宏は顔を見合わせた。仲間に入れろっと騒ぎの中に入っていく貢と、それを追う高宏。楽しいお父さんだね、と言われて、宏紀は恥ずかしそうに笑った。




 リビングのソファを元に戻すのを手伝ってもらって、高校生たちを送り出すと、ようやく家の中が静かになった。大量の洗い物をすませて時計を見ると、すでに夕飯には遅い時刻になっていた。

 忠等は弟と一緒に帰った。吉報を家族に報せるためで、こんな日ぐらい帰りなさい、と貢と高宏に言われたからだ。宏紀は、疲れ切ってソファに沈んだ。

「お夕飯、どうする? 疲れちゃって、もう作りたくない」

 そうだろうな、と貢が苦笑した。そういえば、貢と高宏が半同棲していた頃は、食事はどうしていたのだろう。この二人、そこそこ出来るが決して上手とは言えなかった。

「食いに行くか? 近くにうまい居酒屋がある。定食も少しやってるし、なんなら今日は飲んでもいいぞ。親もついてることだしな」

「いいの? 警察官のくせに、息子に犯罪を許可するんだ?」

 言いながら、それでも宏紀はうれしそうに笑った。

 酒を飲むのは好きだ。昔から一人酒だったが、酒を飲んでいる間は現実を忘れていられたから。今は、どうだろう。忘れる必要のない現実の中に生きている今は。

「たまに一人で飲んでたろ? 甘いのばかりだったけど、結構缶が多かったよな。たまには親にも付き合えよ。いける口なんだろ? 二十歳に見えなくもないって」

「ひどい。それって、老けてるってこと?」

 抗議の声を上げて、宏紀はくすっと笑った。

 一人でない酒は、どんな味だろう。





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