I-3
宏紀は忠等を見上げ、首を傾げた。座っている宏紀の側に忠等は立っていた。
「本当に、本物?」
「どうしても、信じられない? それとも、信じたくない?」
だって、と俯いて、宏紀は膝を抱えた。優しい目で忠等は宏紀を見下ろした。それから、宏紀の隣に腰を下ろす。
目の前では一年生と二年生が入り交じって試合を始めようとしていた。一年生の力試しが目的である。二人のまわりだけ、雰囲気が何となく重苦しい。
「ごめんな」
ふと、忠等がそう言った。びっくりして宏紀が彼を見つめる。
「いや、会えなかったから。ごめん」
「でも、会いに来るなって、会いたくないって、言ったのは俺の方……」
「それでも。四年も放りっぱなしで良いわけがない。こんなに近所に通ってきてたんだ。会おうと思えばいつだって会いに行けた。本当に、ごめん」
ふるふると宏紀は首を振る。言葉も出ない様子に、忠等もそれ以上は何も言える言葉がなく、黙ってそばに寄り添う。
肌が触れ合うまで、後数センチ。けれど、どうも、この距離が限界らしい。
コートの方から松実が走ってきた。
「宏紀、入って。人数合わせ」
「……着替えてくる」
すっと立ち上がり、宏紀は教室の方へ走っていく。コートでは一、二年生が宏紀を待っていた。
克等が、暇そうに兄忠等の邪魔をしに来る。
「兄貴」
ん?と忠等は弟を見上げた。克等は何やら不思議そうな顔をしていた。
「土方と知り合い?」
尋ねられている意味が少しの間わからなかったようだが、やがて、うんと頷いた。頷いて、苦笑する。
「俺としては、どうしてお前が知らないのか不思議だな」
「なんで?」
「小学校、一緒だったろ? 六年の夏まで」
そうだったのか、と本気でびっくりしたような声を出す克等を見やって、本当に知らないらしいと兄は肩をすくめた。
向こうの方から宏紀が走ってくる。その姿を目の端に見つけて、忠等は立ち上がり、弟の背を叩いた。
「さ、試合開始だ。走れ、一年生」
「へいへい」
てってっと走っていく克等を見送って、忠等は、慣れない手つきで片付けをする新しいマネージャーの二人に近づいていった。
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