I-5
「さて、伯父上。腹割って話し合いましょうか」
「……私が恐くないのか?」
「全然。全く。これっぽっちも」
兄弟二人揃って首を振る。何故だ、と伯父は眉をひそめた。
「私は人殺しなんだぞ」
「父が知っているということは、もう時効でしょう? それに、身近にしょっちゅう自分を殺そうとする人がいますからね。死と隣り合わせに生きている人が」
「それが兄の恋人ですよ。はっきり言って、兄には不似合いなほどできた人だ。自殺癖さえなければ、完璧な人間といっても過言じゃない。俺も彼は尊敬しています」
俺の同い年ですけどね。そう言って克等は苦笑した。二人はとっくに、この人間は恐怖の対象に値しないと理解している。だからこそ言えることではあった。
「殺されるかもしれないというのに、よくそう平気でいられるな」
「殺されやしませんよ。あなたに俺たちを殺せるはずがない。体力も知能も俺たちより劣っている、年取ったあんたになんかね」
また乱暴な口きいて、と忠等は克等を睨んだ。克等は、今度は軽く肩をすくめただけだった。
「殺される対象は、何もお前たちだけではないのだぞ? その彼氏とやらを殺すこともできる」
「無理ですよ。あいつにはやくざの知り合いもいるし、街の不良たちのアイドルですからね。その上、喧嘩じゃ負け知らずときている。銃を使ったって、あいつを殺せるかどうか。殺せたところで、あいつの親は警官ですし、心当たりはこの家しかありませんからね。御家は簡単に潰れますよ、そうなれば」
言って、無茶苦茶な人間だと克等は改めて思った。本当に、宏紀は無茶苦茶な人間だ。そして、その彼氏である忠等も無茶苦茶な人間だった。そんな彼氏を全身で支えているのだから。
「大体、そんなに殺したいほど憎んでいたんですか、その恋人を」
「憎んでいたのではない、愛していたのだ。その愛に溺れかけ、私は逃げたのだ。卑怯な人間だ」
「逃げで殺されたのでは、彼もかわいそうですね。せめて、自分以外の物になって欲しくなかったとか、劇的な理由ならよかったのでしょうに」
「ちょっと待て。もしそんな劇的な理由なら、殺してもいいのか?」
そう言ったのは、戻ってきた忠志だった。くすっと忠等は笑ってみせる。
「殺してもいいとは言いませんが、納得はできますよ。自分が恋人に溺れるのが恐くて相手を殺すなんて自分勝手な理由より。そうでしょう、父さん」
「親父だって、おふくろの幼なじみに嫉妬したことがあったじゃないか。あれと同じだぜ、結局」
「あれよりは少々行きすぎた感情ではありますけどね。そういうことです」
言って、忠等はまたくすっと笑った。
「結局、伯父さんは、自分に勝てなかったということでしょう。同性を好きになるということは、かなり辛いことです。感情は自分で制御できるものではありませんからね。
同性を好きになったという事実は変えようもありません。ただ、その感情を受け入れて周りと戦う決意をするか、その感情を自分の内にだけ押し込めてラブをライクに変えていくか、そういった選択はできるんですよ。
伯父さんは、選択するという作業を自分から放棄して、感情のままに物事を考えようとせず、どうにもならなくなって相手に責任を押しつけただけにすぎないんですよ」
そこまで言って、忠等は表情を引き締めた。
「とにかく、私はこの家の相続は放棄します。今まで考えることを放棄していた分、考える力は余っているでしょう? 一度、どうしたら一番いいのか考えてみたらいかがですか?」
「俺も、この家は相続しません。以後、俺たち一家に干渉しないでください」
すっとまるで双子のように同時に忠等と克等は立ち上がり、伯父に向かって頭を下げた。そして、父親を引っ張って部屋を出ていった。
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