I-4
忠等が来るのを待っていたらしい。母と共に忠等が先程の部屋へ行くと、彼らは何も喋らず正座して待っていた。克等が忠等を見上げ、首を傾げる。
「何の御用でしょう、伯父さん」
「座りなさい。あなたもどうぞ、克美さん」
この部屋はどうやら、その伯父のものらしい。伯父は上座に座って彼らを見回した。
「克美さんにも話しておいたほうがいいでしょう。祝瀬家の会議で決定したことです。もし万が一わたしに妻と子供ができなければ、この家の相続及び病院の後継ぎは忠志の息子に委ねる。その場合、その子はわたしの養子という形を取ります。幸い、そちらには息子さんが二人もいらっしゃることですし。片方は頂いてもかまいませんよね?」
「冗談じゃない」
そう反論したのは克等だった。忠等は無表情で伯父を見つめている。
「俺も兄貴も、こんな見ず知らずの家を継ぐ程物好きじゃねえよ。あんたら、勝手じゃねえか。本人交えないで、んなこと決めて」
「克等。口を慎みなさい。失礼でしょう」
味方だと思っていた忠等に諌められて、克等は信じられないものを見たというように忠等を見つめた。忠等は無表情のまま、目を閉じている。
「ほう。忠等くんは協力してくれるのだね。この決定に」
「いいえ。誰がそんなことをいいました? 目上の方に乱暴な口をきいた弟を諌めただけです。わたしも、お断わりします」
克等はほっと息を吐き、父忠志はびっくりした顔で忠等を見つめた。こんなにはっきりと言う子供たちだとは思っていなかったのだ。
「断る理由は? 何もすぐにと言っているわけではない。考えておいてくれればいいのだよ?」
仮にも親子ほど歳の離れた甥っ子にきっぱりと拒否されて、伯父はあからさまに怪訝な表情を見せた。それに対して、忠等はまったく怯む様子もなく、さらにきっぱりと説明してみせる。
「理由ですか。理由は三つあります。まず一つは、克等も言いました通り。見ず知らずの家を継ぐほど私も弟も物好きではありません。二つ目は、私には医者になる気はないということです」
「そのことなら、この家の財を使えば裏からでも……」
「そんなことをしなくても、大学に入る自信くらいはありますよ。医学に興味がないだけです。興味のない勉強はするだけ無駄というものでしょう。医学部は二年余計に勉強しなければなりません。興味もないことにそんなに使う時間は、私にはない。ですから、医者にはなりません。それから、三つ目ですが」
「……なんだね」
「私には将来を誓い合った恋人がいます。彼を悲しませることは、私にはできない」
しん、時が止まった。恋人がいる。恋人と将来を誓い合った。そこまでは理解できる。しかし、そのあとなんて言った? 克等だけが、言っちゃったしな、と首を振った。
「恋人が、男だというのか……」
「ええ。何故か、男なんです」
平然と答えて、忠等は伯父を見返した。克美はやがてプルプルと震えだす。
「何故、そんな不毛なことを……」
「人のことを言えるのか、兄貴」
蔑んだ目で忠等を見た伯父にそう言ったのは、忠志だった。びっくりして、忠等と克等は父親を見つめる。人のこと、というと、この伯父もそうだということか。男の恋人がいるのか。
「兄貴だって、男以外に恋した奴なんかいなかったじゃないか。弟の俺でさえ、その対象になった事があったじゃないか。人のこと言えるのかよ。家のために本当に愛した恋人殺したくせに」
「な……忠志っ!」
「本当のことだろう。警察に手ぇ回して、罪も償わないで。よく人のことが言えるな。弘和がかわいそうだよ。お前なんかを愛して、邪魔にされて殺されて! あんなにお前のこと愛してたのに。何で殺した。何で人の心がわからないんだ、この祝瀬家の人間は!」
「母さん」
言って、克等は克美に目をやった。信じられないほど、冷静な声が出た。忠等ならこんな声はいつでも出せるのだろうが、克等は初めてのことで、自分でも驚いてしまう。
「母さんは、部屋に戻ってて。布団敷いといてもらえる? 戻ったら多分もうみんな寝るから。この話はさ、男だけで話した方がいいと思うし。ね?」
こくっと頷いて、克美はよろよろと部屋を出ていった。忠等が父に顎で送ってやれと促す。父もそう思ったらしく、すぐにそこを出ていった。
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