I-3




 大会が終わると、すぐに盆休みに入った。もともと東京に住んでいるという人は少なく、サッカー部もほとんど里帰りをしてしまうため練習はない。

 それは、土方家も祝瀬家も同じだった。高宏も実家に帰ってしまった。

 祝瀬家の父方の実家は福島にあった。祝瀬家本家の次男が、父なのだという。分家ということになるのだろうか。

 忠等は、そんなにしっかりした家だとは思っておらず、びっくりしていた。何しろ、最後に福島を訪れたのは小学生の時である。父も母も家のことはあまり話したがらなかったのだ。

 話を聞くと、一家は、本家に呼ばれて仕方なく里帰りとなったらしい。訪れた祝瀬家は、地元大病院だった。父が市民病院の内科医を勤めているのは、ひとえにこの実家の影響だった。

 病院の敷地内に、大きな屋敷を建てたそれが、母屋らしい。その屋敷に案内され、一家には一つの部屋をあてがわれた。市内にホテルを借りると父は申し出たのだが、そのさらに父親、つまり祖父がそれを許さなかったのだ。

 父には兄が一人いた。それが今病院の跡取りとなっている。今の病院長は祖父の方だった。呼び出されたのは、伯父の院長就任式に参加するためだった。今夏から代替りをして、祖父は隠居するつもりなのだという。

 福島に到着したその日の夜。忠等は廊下を歩いていた。長い廊下をトイレを探して。風に乗って、人の話し声が聞こえてくる。それは、父の声だった。同じような声が聞こえるところから見て、兄と話をしているらしい。父の声に誘われるように、忠等はそちらの方へ歩いていった。

 声に弾かれるように、忠等はそこに立ち止まった。冗談じゃない。

「冗談じゃないぞ。兄貴。忠等も克等も、俺の子だ。この家の後継ぎになんて、渡せない。大体、俺はこの家から勘当になってるんだろう? 何でいきなりそんなことになるんだ?」

「だから、どちらか片方といっているだろう? しかも、今すぐじゃない。考えてみてくれといっているんだ。二人とも、おまえに似ずいい子たちじゃないか」

「だから手放したくないんだろう?」

「おまえも知っているとは思うが、わたしには妻も子供もない。後継ぎがいないんだ」

「それがどうした。作らなかったのは兄貴だろう? あの時親の反対を押し切っても、家を裏切っても、一緒になればよかったんだ。子供だって、孤児をもらってくればよかったろ。自分の失敗で俺の息子まで巻き込むな」

 親父……。思わず忠等は呟いた。そんなことを考えてくれていたとは思わなかったのだ。

 ポン、と肩を叩かれて、忠等はハッと後をふりかえった。それは克等だった。ほっと息を吐く。聞いたか?と指で示す。克等は慎重に頷いた。

「親父、勘当されてたんだな」

「それじゃなくて」

「わかってるよ。大丈夫だ。どうにもならなかったら俺がこっち来るから。ひろを一人にはできないだろ?」

「それでもない。おまえなあ。ひろもそうだけど、まっちゃんはどうなんだよ」

「なっ……。知ってたのか?」

「知ってたっていうか、宏紀に聞いた。信じられなかったな。おまえ、ノーマルじゃん?中学ん時も付き合ってる女の子いたみたいだったし」

「よく知ってるな。興味ないって顔してて」

 そうか?と忠等は苦笑した。親の兄弟喧嘩はまだ続いている。

「どうしておまえら祝瀬家の人間ってのは、個人の意志を潰そうとするんだ?」

「ふん。親のおまえが嫌だといっているだけで、息子はそうでもないかもしれんだろう」

「それなら、うちの息子たちを呼んでこようか? 本人たちから本心を聞いたほうが兄貴は納得するんだろう?」

 げ。二人は顔を見合わせ、あわてて部屋へかけ戻った。トイレにいくはずだったのに、行きそびれている。

 忠等が本当にトイレにいってしまったとき、入れ替わって父親が二人を迎えにきた。母は心配そうにそれを見ている。祝瀬家から夫を奪った身として、あまり強気に出られないらしい。
 父はその母に忠等が戻ったら連れてくるようにと言い残して克等を連れて出ていった。克等は母を心配させないように、そっとウインクしてみせた。大丈夫だというように。





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