I-2




 前半三十分、試合は一進一退を繰り返していた。攻めれば強烈なディフェンスに崩され、攻められれば身体を張ってゴールを守る。

 結局一点も入らないままハーフタイムに入ってしまった。観客もこの膠着状態に飽きたらしく、ハーフタイムが近くなるとちらほらと席を立つ人が出ていた。

 後半戦、先に爆発したのは相手チームだった。試合再開から十五分で、三回も攻め上られた。しかし、合宿の甲斐があったのだろう、一点も入りはしなかった。

 危ない場面はいくつかあったが、宏紀のアドバイスどおりの冷静な判断でうまく切り抜けた。宏紀はすでに、彼らの中で大きな存在になっていたのだ。
 冷静な判断をするだけの心のゆとりがこの試合中にあったこと自体が、選手たちにとっては不思議なことだった。宏紀に言わせれば、そのために特訓したのだから当たり前、なのだが。

 宏紀の持論は、技を持っているよりも正確に粘り強く食らい付いた方の勝ち、なのだ。だから、宏紀は一度もこうしたら勝てるという技は教えなかった。その特訓が効いているのである。
 それに気が付くことが出来たとき、選手たちの士気も上がった。

 後半二十分、高々とホイッスルが鳴った。相手コートのゴールネットが揺れていた。

 この波に乗って、前現両部長が揃って声を張り上げた。

「もう一本行くぞぉ」

「おうっ」

 選手たちは疲れも見せず、元気に答えた。みんなの顔には笑みがあふれていた。相手方がこいつら化物か、と呟いていた。
 もちろんそんなことはなく、合宿の成果である。フルタイム走り続ける体力作りもこの合宿の意義なのだ。延長戦までは確かに保たないが。

 ボールを追いかけて、克等は自分の体力にびっくりしていた。以前はフルタイム走りきる前にダウンしていたのに、今はまだ走れる。残り十分。すべて全力疾走できそうなほどだ。
 自分で自分のことに驚くというのは、初めての経験だった。何だか気持ちが良かった。

 あと十分。ボールを味方コートには入れたくなかった。相手チームは先程から攻めあぐねている。チャンスか?と思った。思って、はっと思い止まる。

 冷静に判断しなければいけない。クリアされてしまえば一気に不利になる。延長戦へ持ち込まれたくはない。とすれば、とりあえずコートを守るのが得策だ。
 迂闊に手を出せば火傷するのがオチ。宏紀の曰く、これはサッカーでも喧嘩でも同じなのだ。

 包囲網を強行突破して、相手側選手の一人がコートに侵入してきた。これはディフェンスに撤するべし。克等はそう判断して腰を落とした。

 残り二分。克等の目は相手の目をじっと見て、ぴくりとも動かない。

 相手は、何だこいつ、という顔で克等を見た。明らかに動揺していた。春、宏紀を見ていた克等の目と同じだったが、克等はまったく気付いていない。

 対峙し始めて一分経った。状況に変化はない。

 突然、すっきり冷めた克等の耳に兄の声が聞こえてきた。この騒がしいグラウンドで、はっきりと。耳元で言われたように。

「つっこめ、克等っ!」

 おそらく反射神経の仕業だったのだろう。克等の足が軽々とボールを引き寄せ、走り始めていた。忠等の声が聞こえたのか、川原部長も同時に走りだした。援護する形で。

「いっけぇーっ!!」

 競技場にS高生の、おそらく全員の叫び声が響いた。そして。

 ピピーッ!!

 ホイッスルは高々と鳴いて、辺りは静まりかえった。静かなうちに、もう一回笛の音が響く。
 試合終了。2ー0。S高校、文句なしの勝利だった。




 その後もS高サッカー部は波に乗り、次々と勝ち進んでいった。一度など、十対0という、野球ならそこでコールド勝ちという点数まで取った。彼らの夏は、実に有意義にすぎていった。

 八月に入り、準決勝で負けたS高は、三位決定戦でもまた負け、四位に落ち着いた。

 一部では、わざと負けたという噂まで流れた。S高は都下でも上位の進学校で、彼らのサッカーはただの趣味であり、優勝して全国にいくのは逆に受験に支障が出るから、というのがその理由らしい。噂を聞いたS高サッカー部員は声をそろえて否定したが。

 大会が終わると、事実上三年生も引退となる。四位が決まった次の日、彼らはカラオケボックスのパーティールームを借り切って打ち上げ及び引退祝いを行なった。要するに、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。とはいえ、飲めるものはジュースやお茶に限られたが。基本的にお祭り好きのサッカー部なのである。





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