第三章 別れ I-1
第三章 別れ
I
サッカー部の合宿は、一週間と長いにも関わらず、何の問題もなく無事終了した。影に四人のマネージャーの苦労があったことは言うまでもない。サッカー部の合宿が終わる頃、例年どおり都大会が始まる。
合宿中にトーナメント表が発表され、彼らは一気に地獄のどん底に叩き落とされた。
最初の相手はまだ大丈夫だ。毎年一回勝ち進めばいいという程度の実力で、気を抜かなければ楽勝な相手だから。
二番目の相手が、なんと前年度準優勝の学校だったのだ。これに勝てたら奇跡だな、と忠等が呟き、宏紀と克等に左右から同時に叩かれていた。そばにいた松実も手をあげかけて途中で下ろした、という目撃証言がある。
そんなわけで都大会二日目、その試合の日は来た。
さすが相手がシード校というだけあって、試合は本物のサッカー場で行なわれた。S高サッカー部は、半分諦めつつ国立の競技場へ向かった。
今回は特別で、記者も詰めかけている。S高サイドはプロのサッカー選手が使うこのグラウンドを使用できるという嬉しさよりも、絶望感の方がはるかに勝っていた。マネージャーやベンチ要員がいくら励ましても、情況はあまりかわらない。
ベンチに辿り着いたとき、すでに相手チームは練習を始めていた。コートを半分ずつ使っての練習である。相手チームの練習ぶりを見ていた選手たちは、再び肩を落とした。
練習を見ただけでも、力の差は歴然としているように見えた。自然に動きがぎこちなくなる。
これはまずい、と宏紀は声を張り上げた。
「みなさん、何をしょぼくれてるんです? 対戦相手はとうに決まっていたんですから、運の悪さはこの際諦めましょうよ。どういう結果が待っていようと、全力でプレーしなくちゃ、後で後悔することになりますよ。さ、練習を始めましょう。俺が教えたことだけ忘れないでください。大丈夫、皆さんは強いんですから」
「そうは言うけどな、ひろ。相手は去年の準優勝校だぜ」
「ええ、去年の、ね。今年はまだわからないでしょう? 同じ高校生ですもの。大丈夫です」
自信を持って、胸を張って、宏紀はそう断言した。宏紀に断言されて、そうかもしれない、と幾人かが思ったらしく、準備体操を始めた。満足そうに笑って、忠等が代表で練習用のボールを取りにいく。
今回の合宿のテーマは、守りのサッカーだった。M中サッカー部でディフェンスの天才と異名を取り指導を任されてきた宏紀が、ここでもそのコツを伝授することになった。合宿中は一人で家事をすべてこなす必要がなかったため、少々派手に動いても支障がなかったのだ。
宏紀先生から見て生徒たちは決して出来の良い生徒ではなかったが、なかなか強くなった。宏紀のアドバイスは簡潔を極めていた。相手の目の動きを見て、腰を低く保ち、あまり動かないこと。これだけだ。
あっちへほいほい、こっちへほいほいとついていくようでは、簡単に抜かれてしまう。あまり動かず、いざというときは機敏に動く。腰を低く保った瞬発力で相手の動きを封じ込める。そして、出来るなら相手の隙を誘いボールを奪う。
宏紀先生の講義はこれだけだった。シンプルイズベスト。ただし、これを会得するのに、一番早い人でも二日かかっていたが。
いよいよ試合開始。選手を送り出す前に、忠等は監督になったかのように偉そうに全員の顔を見回した。うん、と一つ頷いて、笑ってみせる。
「行っといで」
「おうっ」
威勢の良い返事で、宏紀も微笑んだ。
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