III-6
学校では、ベテランマネージャーとメインマネージャーのいない中、合宿の準備が本格的に始まった。
中学時代からサッカーをやってきた一年生たちと女子二人が相談しあって合宿の日程を決めたり、お飾り顧問に車を出してもらって食料を調達に行ったり。
もちろん、ベテランマネージャーは忠等で、メインマネージャーは宏紀のことである。
スケジュールの最終チェックは、おそらくこの二人がすることになるのだろう。部長自ら「すくちゃん先輩がいないとわからない」と言ったほどである。
炊事は女子二人で協力して行なうことになった。献立を考え、注文した材料と見比べて、調味料は二人で家から持ってくることにする。
二人が帰ってきた次の日から一週間の合宿の予定であるから、いくら何でも旅から帰ったばかりの二人を無理に動かすわけにはいかない、と考えたのだ。
ただ、日頃日課としていることから、この二人よりも宏紀の方が家事全般において知識があったのだが、それはこの二人の知らないことだった。
克等は相変わらずコートの中を走り回っていて、審判は忠等も宏紀もいないため、一年生が交替でやることになった。松実は一番に審判をやってしまったから、しばらく暇が確定となっていた。篭からサッカーボールを一つ取り出し、自主トレを始める。
さすが、始めの力試しの試合で克等とコンビを組んでいただけのことはあって、ボールさばきはなかなかうまい。
ただ、攻撃は最大の防御である、を実践しているため守りは苦手だった。それは松実自身自覚していることで、だからこそ、今回の合宿で宏紀に特訓してもらおうと考えていた。
ボールが手元にあるのなら、それをさばくのはうまかった。克等でさえ、松実からボールを奪うのは難しいだろう。
それは、宏紀のせい、ともいう。宏紀が一人でやっていた壁打ちを真似しているうちに、何となくうまくなってしまったのだ。
おかげで、ボールを思い通りの場所に蹴ることが出来、それを自らの足元に正確に引き寄せることも出来る。ただし、それは上から飛んできたボールに限った。
一年の一部が騒ぎだして、松実はそちらを振り返った。そして、歩きだす。そこに宏紀と忠等が立っていた。女子マネージャー二人と一緒に駆け寄っていった。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました。お土産は後でね。アキちゃん、合宿の準備の方は?」
「出来てます。後は明日を待つばかり。で、チェックしてもらいたいんですけど。スケジュールの方」
うん、と頷いて、宏紀と忠等は部室へ向かった。荷物持ちとなって松実もついていく。部室に入った四人は紙を囲んで座り込んだ。もう一人のマネージャーはコートの方で本来のマネージャーの仕事をしている。
忠等と松実とアキちゃんと呼ばれた少女がスケジュールを見ている中、宏紀は見せてもらった献立を見つめて何か考えていた。時折紙に何か書き込んでいる。
忠等の方はスケジュールの時間割りを少しかえて合格とした。宏紀が献立を見ているという事実だけで、そちらの方は心配もしていない。模造紙をひっぱりだしてきて、スケジュールを書き込み始めている。
暇になった少女は宏紀が色々と書き込んでいる献立表を覗き込んだ。そして、びっくりしてしまう。
栄養の足りないものをチェックし、一日を通して、足りない栄養を書き出し、補えるだけの食品を考えていく。もちろん補う食品はもともと決まっていたメインに合うように。
その手際の良さに、彼女はびっくりしていたのだ。使うものは紙と鉛筆と頭。一瞬で決まっていく。
すべて書き終えて、宏紀は松実に顧問のところへ行って車を出してくれるよう頼むように言うと、今度は必要な材料を書き加えていく。
ほとんど野菜とカルシウム製品だった。分量をグラムで書かずに、ほうれん草十輪、キャベツ十五玉と書いているところがまたすごい。普通の高校一年生男子が出来ることではない。
宏紀が買い出しに行っている間に、忠等は前部長と現部長を呼びだして細かい練習日程を決め始めた。コートには代わりに相沢と松実を入れている。こちらも手慣れていて早い。
その間、女子マネージャーたちは宏紀に頼まれて麦茶を大量に作っていた。宏紀が帰ってきた頃、ちょうど練習日程も決まっていた。
宏紀がビニール袋を四つもぶら下げて帰ってきたのを確認して、部長は休憩を知らせ、部員を集めた。忠等と二人のマネージャーによって麦茶と八橋せんべいが配られると、ちょっとしたお茶の時間が始まる。
全員が落ち着いたところで、部長が立ち上がり話し始める。
「みんな食いながら聞いてください。これから、明日からの予定を発表します。部室にこの紙は張っておきますが、各自なるべく覚えておいてください。明日は十時集合です。前にも言ったと思いますが、捨てられる弁当箱で昼食持参です。一週間地獄の合宿になりますが、しっかりついてきてください。健康管理は自分でしっかり行なってください。じゃ、予定を発表します」
バッと忠等と前部長が紙を広げた。大きなざわめきが起こった。
文字通り地獄の合宿だった。朝、朝食前に校庭十五周のランニング。朝食後、軽く基礎練習をして、昼から本格的に六時半まで練習が続く。休憩もあるが、雀の涙程度だ。ストレッチで体を伸ばしてこりをほぐし、それからやっと自由時間になる。
風呂はプールのシャワー室を使うことになっていた。女子は夕飯を作って家に帰ることになっている。男ばかりのところに二人だけで置いておくのは危険すぎた。ちゃんと日替わりで送っていく人も決める。これが一週間続く。土曜も日曜もない。
これが毎年の合宿のスケジュールである。二、三年生はまたかあ、という顔をしていた。
「体を第一に考えて、無理はしないでください。ただ、わかってるとは思いますが、あまりにも頻繁に休むと逆に体に負担をかけますので注意してください。今日は明日からの合宿に備えてゆっくり休んでください。じゃ、解散」
時間は五時を過ぎたばかりだったが、次の日からの合宿のことを考えて、部長はこの日の練習を終わりにした。お疲れ様でした、と声をそろえて、彼らは思い思いに動き始める。
プラスチックコップを回収して、マネージャー三人は並んでそれを洗い出した。合宿の間中使うのだ、無駄には出来なかった。
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[mokuji]
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