III-5




 宏紀が忠等と二人っきりで旅行したいと言いだした時、貢が返した言葉は、金はあるのか?だった。

 反対する声は、土方家では一切あがらなかった。それどころか、高宏が旅費を全額出してくれるというのだ。ご馳走してもらってるのに食費を入れてないから、と高宏ははにかむように笑って言った。

 一方、忠等は大学の下見と観光を兼ねて、と誤魔化して旅費を手に入れることに成功していた。

 そう、行き先は京都である。

 この年の梅雨明けは例年よりも遅かった。論文も自分の納得のいくものに仕上がって、一学期の成績もまずまずの出来。忠等としては、言うことなしで夏休み突入である。

 京都市内にホテルを予約して、梅雨明け前の雨の京都を楽しむことにした二人は、夏休みに入った次の日に早速旅立った。

 部活の方は、もうすでに地区予選を終え、都大会は八月に入ってからになっている。今頃学校では合宿の準備をしているだろう。二泊三日という時間を手に入れて、二人は貢、高宏、松実、克等に見送られて新幹線に乗った。

 防音のせいで右も左も鉄の壁しか見えない。座席に座りなおして、宏紀はくすっと笑った。

「ねえ、知ってた?」

「ん? なに?」

 人の目も気にせずに宏紀が忠等の肩に甘えるように寄り掛かる。このくらいなら、世間一般の人もそう奇異には感じないだろう。忠等も宏紀に近づいた。

「まっちゃんとかっちゃん、付き合い始めたんだって。とりあえず、知らないことになってるから、かっちゃんには内緒だよ」

 へえ、と忠等は驚いた。同じ屋根の下に住んでいながら、わからなかったらしい。確かにそうだろう。宏紀も言われるまで気付かなかった。

 驚いてから、でもなぁ、と忠等が考え込む。彼らの場合、宏紀と忠等ほどはうまくいかないだろうと思ったのだ。ここまでうまくいくカップルも珍しいが。

 そう言ってみると、宏紀は楽しそうに微笑んだ。他人のことは言えない、と。

「いいんだよ、人は恋して大きくなっていくものだと思うから。いつか別れる可能性なら、俺たちにもあると思うよ。いつか心が離れ離れになるかもしれない。
 でも、それを恐がってちゃ、何も出来ないじゃない。いつかはいつかであって、今じゃないんだから。いつか、なんて、明日かもしれないし、十年後かもしれないし。わかんないんだから。
 気に病むことないよ。もし別れたって、それが成長の糧になるんならいいじゃない」

 ね、と宏紀が忠等を見上げる。くすっと忠等は笑ってしまった。だから好きだ。こんなにしっかり色々なことを考えて、自分なりに考えをまとめて、しかも説得力もある。何でこんなに可愛いんだろう、としみじみ思ってしまった。

「それにさ、微笑ましいんだよね、あの二人の恋って。頑張れって応援したくなっちゃう」

 ならない?と聞かれて、忠等は考えてみた。

 克等はやんちゃで努力家で、自分に似て格好良くて優しい少年。一方、松実は少し引っ込み思案なところはあるが、思いやりがあり思わず撫でてあげたくなるような可愛い少年。松実の女の子っぽさは、姉三人に囲まれて父親は長期単身赴任中という女所帯で暮らしているからだ、と宏紀が教えてくれた。

 確かに、微笑ましくはなる。会ったばかりの頃から自転車に乗って二人が並んで帰っていく姿を何度も見ているが、その頃から特別仲が良かったようだし、違和感もない。あの二人ならもし別れても親友としてやっていける気がした。

「なあ、あの二人、どこまでイったと思う?」

 宏紀がからかうような声にびっくりして顔をあげると、忠等は意地悪そうに笑っていた。邪魔しちゃダメだよ、と言いながら、宏紀は苦笑する。

「ま、いけてもキスまででしょうね」

「そうか? 俺の弟だぞ?」

「だから、だよ」

 くすくすっと宏紀が笑った。わけわからんと忠等が首を傾げる。あのきっかけさえなければ、自分たちもいまだにキスどまりだったろう、と宏紀は思う。ここまで深い関係にはなれなかっただろう、と。優しすぎる人だから。気にしてくれる人だから。

「最初にゴーカン事件があったから、今俺たちがこういう関係してるだけでしょ?」

 とたんに、忠等が真っ赤になってうつむいた。いまさら恥ずかしがるものでもないでしょう、と宏紀は平気な顔で笑っている。そして、ありがとう、と頬にキスした。もちろん、まわりで誰も見ていないことは確認して。

 もしあの手紙に応えてくれなかったら、忠等があの時強姦してくれていなかったら、今こんな状況にはいなかったはずなのだ。

 両親の離婚によるあの淋しさに耐えられたかわからない。不良たちの番長として過ごした、ある意味充実していた中学生活もなかったはずだし、こんな幸せを知ることもなかった。自殺癖もおこらなかっただろうし、それを乗り越える苦しみと成長もなかっただろう。

 すべて、忠等がいてくれたこと、忠等の行動の一つ一つから導きだされた結果なのだ。

 そう宏紀は信じている。愛している。だからこそ、もうお荷物にはなりたくない。支えてもらっているから支えたい。今までもらった愛を全部、それ以上返したいと思う。

 愛し合って生きていきたい、そう願っていた。理屈じゃない関係でいたかった。忠等のすべてを愛している、その心が宏紀の誇りだった。

「どうした?」

 顔を寄せて、そう心配して言ってくれる。それが嬉しくて、宏紀は笑ってみせた。

「なんでもないよ」

 そう、と戻っていく前に軽く頬にキスして、忠等が嬉しそうに笑った。

 二人きりでの旅行。それも、両親の承認つき。男同士だからなのだろう。妙な詮索をされないですむ。
 幸せで幸せで、この幸せを逃がしたくなくて、宏紀は目を閉じてこの幸せを抱きしめた。夢でも良い。もし夢なら、覚めないで。

「おやすみ、宏紀。愛してるよ」

「うん」

 安心してしまって、眠る気はなかったがいつのまにかぐっすり眠ってしまっていた。





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