III-4




 食器を洗いながら、宏紀は居間で論文の下書きをしている忠等に声をかける。

 一週間前の事件がまだ解決しないらしく、高宏も貢も帰りは遅くなるといって出掛けていった。最近しばらく午前様が続いていて、さっさか寝かすように宏紀も心がけている。

「ねえ、チュウトさん」

「ん?」

 優しい声が返ってきて、宏紀はほっとしてしまった。やっぱりまだ離れられないと思う。そう思ってしまう。早く離れられるようにならなければいけないのに。

「大学、どうするの?」

「んー。どうしようかなぁ」

 さらさらと聞こえていた鉛筆が紙の上を滑る音が消える。タオルで手を拭きながら、宏紀は居間へ戻った。

「宏紀は? どこに行くつもりだい?」

「さあ。まだわからないよ。でも、ここから通えるところ。私大でも学費出せるしね、うちの家計なら。チュウトさんはもうすぐ受験でしょ?」

 そうなんだよねえ、と忠等が腕を組む。ソファに身を投げ出して、宏紀はそんな忠等を見ていた。

「俺ね、京大に行きたいんだよ。京都の大学。去年までは、そのつもりだったんだけど……」

「京大か。いいじゃない、行っておいでよ。頑張ってね。あそこ確か、東大並みでしょ?頑張って、合格して。俺のことで足枷つけられてることないから」

 え? 驚いた顔で忠等が宏紀を見つめる。大丈夫だよ、と宏紀は笑った。

「心配しなくていいから。今年に入って決心が揺らいだ理由って、俺でしょ? それとも、自惚れ?」

「いや…」

「でしょ? なら、心配しなくても大丈夫。今は父さんも高宏さんもいるし。高宏さん、こっちに引っ越してくるって。だから、淋しくないから。自殺、もうしないから。だから、チュウトさんはちゃんと自分のやりたいことを追いかけて。できるかぎり、俺も協力するから。お弁当作るとか、そのくらいしかできないけど。だから、頑張って」

 優しい声で言われて、忠等は本心を見極めようと宏紀をじっと見つめた。しっかりと見つめ、そして、目を閉じた。
 優しくて、そして、厳しい言葉だった。まるで宏紀が自分自身に言い聞かせているような言葉だった。

 だから、忠等は頭を下げた。心配してくれている。自分が足手まといにはなりたくないと思っているのが、手に取るようにわかった。忠等は真剣に頭を下げた。感謝の意をこめて。

 こんな子に支えられて、自分は自分の行くべき道を目指そうとしている。そのことが非常に誇りに思えた。

 土方宏紀というこの少年は、自らの精神的な障害を克服しようと果敢に挑戦を続け、その上で、友人や仲間を思いやる心を持ち、親に対する孝行心も持ち合わせ、恋人に対する気遣いさえできる子なのだ。大きな大きな少年だと忠等は思っている。

 だからこそ、弱い部分を支えてあげたいのだ。守って、共に戦っていきたいのだ。愛してる。改めて思える。何度でも。この気持ちは尽きることがない。

「宏紀」

「ん?」

「愛してるよ」

 ソファの上に足を乗せてうずくまって、おいしそうに紅茶を飲んでいた宏紀が、びっくりして忠等を見つめた。そして、くすっと恥ずかしそうに笑った。頬を染めて、うつむき加減で、うん、と頷く。

「俺も。愛してる」

 恥ずかしそうなその声を聞いたら、無性に宏紀を抱きしめたくなった。キスしたくなった。身体に触れたくて、この腕の中で悶えさせてやりたくて、セックスしたくて。この手の中にちゃんと宏紀がいるということを、しっかりと確かめたくなった。

「宏紀、俺……」

「チュウトさん……」

 見つめあっていた。もう、言葉はいらなかった。立ち上がった忠等の腕の中にすっぽりとおさまって、宏紀はキスをねだった。

 優しくしたかった。優しくされたかった。抱きしめて、キスをして、忠等は宏紀を抱き上げ、部屋を出ていった。居間の電気は点けたまま。そのままで。




 まだつながったままで、忠等は宏紀のやわらかい髪を撫でていた。宏紀は甘い余韻に浸って、幸せそうに目を閉じている。

 とくっとくっという脈の音が、やわらかな肌を通して感じる。一定ペースでやわらかく刺激を与えてくれているようで、また欲しいという気持ちが沸き上がってきた。

 眠たくなってきた頭をなんとか目覚めさせておいて、暖かい忠等に抱きつく。
 抱きつかれた忠等は、ぼんやりと宏紀に話し掛けた。寝かせないために。

「なあ、宏紀」

「ん?」

 眠そうな声が返ってくる。

「もう自殺しないから、ってどういうこと?」

「ああ、それ?」

 何でもないように返して、優しく、やわらかい内壁を絞める。刺激するように。もう一度しようよ、と誘うように。

「自殺しようとする状況がわかったから。俺のする自殺って、要するに暇つぶしなんだよね。誰もいない、やることもなくなっちゃった。そういうときに無意識にやっちゃうの。こないだ、やりそうになってね。耳が起きててくれたから助かったんだけど」

 あの時耳まで無意識の支配下にあったら、今頃ここにまた包帯があったよ、と宏紀は自分の左手首を指差した。そして笑ってみせる。

「今、暇つぶしの方法探してるの。何かないかな。おもしろくって熱中できて、仕事は忘れないですむもの」

 びっくりして腰を引きかけた忠等を引き止めて、ダメ、と軽く睨んでやる。も一度しよ、とわざと口パクで言って、今度は笑った。

 しばらく唇の動きを読み取ろうと悩んでいた忠等が、急に顔を真っ赤にする。理解できたらしい。宏紀の中に埋もれておとなしくしていた部分も元気を取り戻す。宏紀は忠等を引き寄せ、優しくキスをした。

 十二時近くになり、貢と高宏が帰ってくるまでに、宏紀と忠等は何度も何度も行為を重ねた。思いが甘くとろけて、交じりあってしまうまで。幾度も幾度も。





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